それは一夜限りの恋でした
「あー……。
大学で親元離れたときから亜澄(あずみ)が一緒だからなー。
完全ひとり暮らしの経験はないんだ、俺は」

ははっ、と向坂さんは自嘲気味な笑いを漏らした。
亜澄、とは彼の――奥さんだ。

「……そうなんですね」

「ああ。
幼なじみで親公認だったし、もうそうなるのが当たり前だとなにも考えずに大学卒業と同時に結婚した。
……ほんと、なにも考えてなかったな」

「向坂さん?」

最後、ぽつりと呟いた彼の声はどこか後悔しているようで、思わず顔を見上げていた。
思い詰めたような表情に心臓を鷲掴みにされる。
でもレンズ越しに目のあった彼は、なんでもないように笑った。

「ん?
ああ、あとこれシュレッダーにかけたら終わりだな。
ご苦労さん」

「はぁ……」

どういうことかは気になったけれど、それ以上は訊けなかった。

書類を持って裏に回る。
シュレッダーにかけながらぼぅっと向坂さんと出会ってからのことを思いだしていた。
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