江戸物語 ~雪月花の鬼~
翌日。


カラリ。襖を開けて外を見やる雪花。

深緑の短い髪が風に吹かれて揺れる。


「…。早く起きすぎたか。」


しんと静まり返った屯所を見て言う。

もう一度中に入り、雪花は着替え始めた。

出会った時に来ていたのは
(土方により)ボロボロになってしまったので、
男物の着物を近藤が探して持って来てくれた。

淡い青色に灰色の袴を着て、
雪花は部屋を出た。


「それにしても静かだな。」


独り言を呟きながら大広間へ足を運ぶ。

ひたひたと雪花の足音だけが響く。

途中で止まると雪花は天井を睨んで
外へ駆け出した。

タンっと屋根に登ると、言い放った。


「…昨日から何なんだ。私の後をついて来て…。
幹部の命なら特に気にしないが。
ずっとつけられているのは気味が悪いのでな。」



暫く沈黙が続いた。



「…チッ、出てこないか。」


雪花が苛立った様子を見せると、
忍び装束の男が出てきた。


「そう急かすな。
 表情を表すと敵に隙を突かれるぞ。」


男の言っていることは正論だが気に食わない雪花。

そして刀に手をかけた。


「待て、今お前と争う気は無い。
 俺は幹部の命でお前の事を調べている。
 これなら文句は無いだろう。」


「…私は桜坂雪花です。貴方は?」


「俺は山崎烝だ。よろしく頼む。」


山崎は手を差し出してきたが、
雪花はふい、とそっぽを向いて
地面に飛び降りた。


「私の事を調べるのでしたらどうぞご自由に。」


冷たく言い放って雪花は中に入った。


「…まぁ、嫌われるのは当たり前、か。」


山崎は屋根の上で一人嘆いた。
























ドシンッ。


「…大丈夫ですか。」


雪花が誰かとぶつかってしまったようだ。

勿論雪花は鬼だから倒れはしなかったが、
相手が尻餅をついてしまったようだ。


「…あ、沖田…さん。」


「…何だ、雪花か。怪力の持ち主かと思ったよ。」


「実際そうなんですけどね。」


袴をはたきながら沖田は立ち上がる。

黒く艶のある髪を真ん中ら辺で結び上げ、
色白で整った顔立ちの沖田。

雪花より身長が高いが、雪花の方が力は強い。

そしてあの時の雪花に向けた不満はどこへ消えたのか


「…何ですか、人をじっと見て。」


見られるのが不快なのか雪花は沖田に尋ねた。

沖田は雪花の肩を掴み自分の方に引き寄せた。


「力が強いからって調子乗んないでね。
鬼の雪花ちゃん。君を認めてくれる人なんて
誰もいないから。」


雪花の耳元でそう囁くと、
沖田は雪花から手を離し、
にっこり笑って大広間の方へ歩いて行った。

雪花はそのまま立ち尽くしていた。

そこへ斎藤がやってきて雪花に声をかけた。


「…桜坂?何かあったのか?」


雪花は何かを堪えているようで、
顔を背けると、


「…何でもないです。」


と、言い放った。

手が小刻みに震えている。

その小さな反応に斎藤は気付いた様だった。


「何かあったならいつでも相談していいからな。」


雪花の肩を優しく叩こうと斎藤が手を伸ばした

その時だった。

雪花は斎藤の手をパシンッと振り払った。


「別に貴方を頼るほど私は劣っていません。」


そう言い捨てて雪花は大広間へと歩いて行った。


「…一体何が…。」


そう疑問を呟きながら齋藤は雪花が行った
大広間へと歩みを進めていくのだった。




























−大広間–


だんだんと人が集まって来ており、
賑やかになっていった。

朝餉の支度をしている女中。

かなり忙しい様だ。

なんせ、何百人の朝餉を用意するのだから。


「あの、手伝いましょうか?」

「いえいえ、隊士様達に手伝わせるわけには…。」

「私が好きで言っているのです。
よろしいでしょうか?」

「…助かります。」


雪花が女なのを知らないので
手伝わせようとはしなかったが、
雪花の圧に押し負けた女中。

雪花は軽々と重い食器を運んでいく。

途中、沖田と目があったが、
ふい、とそっぽを向いた。




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