いきなり図書館王子の彼女になりました

 ……!!!




 …指に…キス…!!!




「…答えます」



「……」



「沙織さんの質問になら、どんな事でも」




「……!」




「たとえ聞いちゃいけない事を、沙織さんが無意識に聞いてきたとしても」




「……本当?」



「約束します」



 彼はまた、私に笑顔を見せた。



 安心させる様に。



 何故か私は急に、
 夢に出て来た紫色の、
 大きな扉を思い出した。








 嘘をついている人間は
 決して通ることが出来ない、あの扉。









 どうしよう。







 彼の言葉を、信じたくなってしまう。









 冷静ではいられなくなる自分が、怖い。












 彼に惹かれていく自分が、怖い。









 家の中の案内が一通り終わると、まずは駅前の雑貨屋などで生活に必要な物を買い揃えようという事になった。

「コップや歯ブラシが欲しいです」

「じゃあ、100円ショップから見て回る?案外使い易くていい物が見つかるかも」

「はい!」

 時間を確認し、家の前にあるバス停に並び、2人でバスに乗った。
 
 2人掛けの席に座った途端、彼は人目につかない様にそっと、私の手を握った。

 この席は、体が密着してしまう!!

 恥ずかしさのあまり、私は5秒で逃げ出したくなってしまった。

「100円ショップ、存在は知ってるけど…一度も行った事が無いです」

「…ええっ?そんな人いる?!」

 …ちょっと衝撃。
 一瞬、妙な緊張から解き放たれた。

「いますよ、ここに!…色々教えてくださいね」

 また、彼から柑橘系の香りが漂ってくる。

「頼りにしてます、沙織さん」

 …何だか顔が熱くなって来るし、頭がぐらぐらして知恵熱を出しそう。

 彼は急に思い出した様に自分のショルダーバッグを開けて、ピンク色のハンカチと白い封筒を取り出し、私に差し出した。

「これ、ありがとうございました」

 昨日のハンカチ。

 ちゃんと洗ってくれている。一瞬また、彼の涙を思い出してしまう。…もう、大丈夫なのかな…。

「…ううん。…これは?」

 私はハンカチと一緒に受け取った白い封筒を指差した。

「デートのお誘いです!開けてみてください」

「…デート?」

 彼は封筒を指差し、私に開けるよう促した。

 私は封筒の中に入っている1枚のチケットを取り出した。

『霽月の輝く庭~既望~』

「次の週末に上演される舞台のチケットです。随分前に母からもらったものですが、良かったら僕と一緒に行きませんか?」

「…行きたい!」

 嬉しい!

「…ありがとう…!」

 何だか、幸せな気持ち。



「良かった!楽しみですね!」



 どうしよう、本当に楽しみ!



















 駅前のファミレスで軽くランチをした後、2人でまずは100円ショップへと向かった。

 せっかく来たのだから一人でじっくり商品を見たいだろうと思い、店内では別行動にしようと思っていた。

 だが、何故か楽しい商品を発見するたびに彼は、キラキラと目を輝かせて私を手招きする。

「沙織さん、見て見て!」

 彼の浮かれ様は、はたから見ると常軌を逸するものだった。

「…な、何…?」

 見つけられた私は彼に腕を引き寄せられ、質問攻めに遭ってしまう。

「こっちこっち!」
 
 サンタクロースやトナカイの仮装衣装やら、彼が注目する100円アイテムと出会うたびに。

「沙織さん、どうしてこれは100円じゃないのに、100円ショップに売っているんでしょうか?」

「…さあ。100円で売りたかったけど、どうしても300円になっちゃったのかなあ…」

「沙織さん、これが100円って、すごくないですか?延長コード!!」

「そう?…確かにすごい、のかなあ…?!」

「沙織さん、この携帯ケース100円っぽく無いですよね?お買い得なのかも知れない…!」

 彼の質問と感想があちこちに飛ぶので、ついて行けずに頭が段々、酔ったようにぐるぐる回ってくる。

「…そう?これってお買い得…」

 ぐるぐる、ぐるぐる。

「沙織さん、この仮装衣装を僕、人数分買って帰ります。何人いますか?」

「え?人数?…って、どこの人数?!」

 思わず訳が解らなくなって、聞き返してしまう。

「『シェアハウス深森』の皆さんに、お土産です!もちろん、沙織さんにも買いますよ!」

「…そ、そう?司君と私を入れたら5人、かな」

 私は、燈子さんがサンタクロースの衣装を着ている所を、思わず想像してしまった。

 …バスローブ大賢者と大差ない。

 司君。私は何故、あなたが100円ショップを知らないのかを、詳しく知りたい。

 彼と少し離れた場所で商品を見ながらふと携帯電話を見ると、燈子さんを除いた『シェアハウス深森』のチャットグループに、沢山のコメントが入っていた。


高野:『有沢さん、どう?新しい入居者』

胡桃:『私も知りたい!どんな人だった?』

高野:『…そろそろ会った?』

胡桃:『沙織、また携帯見てないでしょ~!』

高野:『男か女かだけでも教えて』

胡桃:『若い人?中年?老人?』

高野:『……〇✕△…』

胡桃:『……✕〇△…』

高野:『詳しくは知らないけど、その新しい入居者には、街中で燈子さんが「うちに住むかい?」って声をかけたんだって』

胡桃:『ええっ?燈子さんがナンパ?』

高野:『ナンパでは無いと思うけど…。その人ちょっと変わってて、放っておけなくなったんだって』

胡桃:『じゃあ、若い人かもね~。燈子さん、口は悪いけど面倒見がいいからなぁ~』

高野:『〇✕△…』

胡桃:『✕〇△…』




 …そうだったんだ。
 司君、燈子さんが声をかけて、『シェアハウス深森』に来ることになったんだ。

 …「ちょっと変わってた」って、どんな感じだったんだろう?


 私は慌てて、一言だけ返事をした。











沙織:『昨日話した、図書館王子でした』

 
















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