いきなり図書館王子の彼女になりました
「涙が出ちゃった」
余韻が冷めないまま駅に向かう途中、私が白状すると司君は笑った。
「…見てました」
彼の笑顔。
今日は久しぶりに、見る事が出来た気がする。笑ってくれるとつい、ほっとしてしまう。
「沙織さんが泣いた場所、全部わかりました」
「……!」
彼はまた、私の手をそっと握る。
温かくて、柔らかくて、とても優しい感触。もう、私からは決して離したく無くなってしまう。
こうしているのが段々、当たり前の事の様に思えてしまう。いきなり現れたこの幸せは、いきなり幻の様に消えてしまう様な気がして、少し怖い。
「司君は、この舞台の内容を知ってたの?」
「そうですね。初演の時に1度だけ、観に来た事がありますから」
今、一瞬彼の声や表情や仕草から、この舞台の内容はあまり私と話したくないように思えた。
私は、会話の内容を変えることにした。
「そういえば明日だね。麻雀のルール、覚えた?」
一緒に駅の改札を抜けながら、彼はにっこりと笑った。
「もちろん!」
「みんなにあの衣装、着せられそう?」
「…運が良ければ。絶対に僕を応援してくださいね、沙織さん!」
「応援する!私も見てみたいもの。燈子さんのサンタ姿!」
明日が楽しみ。
どんな結果が、待ち受けているのだろう。
「さあて、親はだれじゃろね…」
燈子さんはやる気満々で、サイコロを振った。
『東』は司君と私、『南』は胡桃、『西』は高野さん、『北』が燈子さん。
今回だけ特別に、私が司君の後ろで彼の手の内を見ながらアドバイスをする事が許されている。
「僕です!」
司君が声を上げ、ゲームがスタートする。
全員で、麻雀牌をかき混ぜる。
「僕が勝ったら、絶対にあの衣装を全員、着てくださいね?」
燈子さんは頷いた。
「まかせなさい」
「負けたら巻き添えを食らうんだろうな…」
高野さんは今日まで仮装の話をひたすらスルーしようとしていたが、ついに観念したらしい。
「どうなっちゃうんだろ!楽しみ~!」
胡桃はにこにこしながら頷き、牌をかき混ぜている。
「アンタが一度でも手を間違えたら、1階の部屋に移ってもらうからね」
燈子さんがギロッと司君を睨む。
「わかりました」
彼は不敵な表情で笑い、牌を並べ出した。
こういう約束があるので、ルールを間違えて教える事は絶対に許されない。後ろで見ている私も、責任の重大さを感じる。
麻雀牌を扱う手つきはまだまだぎこちなかったが、司君は皆の早いスピードに何とかついていっている。
…驚いた。
手の作り方も早い!
「ロン!」
彼は胡桃が捨てたリャンピンで、1番最初にあがった。
「タンヤオのみ」
燈子さんは司君を睨んだ。
「リーチしないでか、やるわね」
胡桃は悔しそうな様子で、司君を見つめた。
「やられたな~…」
「…早いね」
高野さんが牌をかき混ぜながら、匂いのしない電子タバコをくわえた。
「…どう思います?」
彼は後ろに座る私に聞いてきた。
「今のあがり方はすごくいいと思う。早くしないと、他の人の手がどんどん良くなっていくし」
ゲームが進むうちに感じる。
時間を追うごとに司君は、メキメキと上達していく。
彼は他の人の捨てる牌や彼らの仕草、癖、目線、会話などを本当によく観察しており、次のゲームでその知識を活かしている。
元々器用な人なので、あっという間に牌を積むスピードが上がって来る。何度か回を重ねると、もう他の人と変わらないくらいの速さに到達してしまった。
料理をしている時にも思ったが、成長レベルの高さを感じずにはいられない。
「司君、…本当にすごいね…」
いつ勉強したのだろう。
麻雀には色々なあがり方があり、複雑なルールをきちんと覚えなくてはならない。だが彼は、どの牌を捨てた方がいいのか、どれを捨ててはいけないのか、私に聞かずとも自分の頭の中で、きちんと把握している。
「沙織さん、見ていてくださいね」
彼の目が輝いた。
「ツモ」
司君の声。
「…」
「…」
「…」
九蓮宝燈。
ゲーム中盤。
司君のあがりである。
「…話にならん」
燈子さんは、にこにこしながら喜んでいる司君を睨んだ。
「…俺、初めて見た。九蓮宝燈」
高野さんは、司君の手を凝視したまま動けない様子だった。
「私も~……すごすぎ!」
胡桃も、珍しく口を開けたまま呆然としている。
「これって、役満…ですよね……」
私は皆に、恐る恐る確認した。まさか現実で、しかも自分の目の前で、こんな手であがる人がいるとは夢にも思わなかった。
後ろでずっと彼の様子を見ていたが、あまりの鮮やかさに魔法でも見た様な気持ちになってしまい、私は一切口を挟めなかったし、アドバイスをするどころでは無くなってしまった。
司君って、一体何者なの?
「と、いうわけで!」
九蓮宝燈という役満で3人の闘志を完全に削いだまま、司君の圧倒的勝利でゲームが終わった。
「僕は一度もルールを間違えず、皆さんに勝ちました!」
「…フン。まぐれよ」
燈子さんが口を尖らせ、点棒をしまいながら負け惜しみを口にする。
「…まぐれにしても、凄くないですか?」
高野さんは牌を片付けながら素直に、司君の凄さを認めた。
「…今日、眠れないかも~…」
胡桃は面白がってグラスを台所に下げながら、司君を興味深そうに見つめている。
「…本当に上手だった」
私も思わず、席を立ちながら感動を口にした。
「クリスマスパーティー、しませんか?どうせ仮装するなら」
司君は突然、皆に提案した。
「…は?」
「…パーティー…?」
「いいねぇ!パーティ~!!」
「…」
司君は台所に掛かっているカレンダーを見つめた。
「次の週末は図書局の交流会があって、土曜の朝から日曜の晩まで僕、留守にします。…その次の週末の、21日の土曜日はどうでしょう」
「あ、ちょうど私、バイトな~い!大丈夫だよ」
「私も!」
「…俺も夜なら、空いてる」
「合わせるわ。それでいいわよ」
こんな感じで司君の提案により、シェアハウス深森のクリスマスパーティーの日程まで、決定してしまった。
全員がそれぞれの部屋に戻り、就寝準備を始めた頃。
私の部屋のドアを2回、ノックする音がした。
「はい」
「僕です」
「…!」
心臓の音が撥ねた。
私は少し躊躇ってから、部屋のドアを開けた。
…目の前に立っていたのは。
濡れたバスタオルを肩にかけた、
黒いスエット上下姿に、濡れた髪の、
お風呂上りの、司君!!!!!
「……」
自分でもわかる。
顔がどんどん、熱くなってしまう!!
「考えてみたら沙織さんの部屋って、入ったこと無かったから」
……!!!!!
「少しだけお邪魔しても、いいですか?」
……もう、夜の11時、なんですけど!!!
余韻が冷めないまま駅に向かう途中、私が白状すると司君は笑った。
「…見てました」
彼の笑顔。
今日は久しぶりに、見る事が出来た気がする。笑ってくれるとつい、ほっとしてしまう。
「沙織さんが泣いた場所、全部わかりました」
「……!」
彼はまた、私の手をそっと握る。
温かくて、柔らかくて、とても優しい感触。もう、私からは決して離したく無くなってしまう。
こうしているのが段々、当たり前の事の様に思えてしまう。いきなり現れたこの幸せは、いきなり幻の様に消えてしまう様な気がして、少し怖い。
「司君は、この舞台の内容を知ってたの?」
「そうですね。初演の時に1度だけ、観に来た事がありますから」
今、一瞬彼の声や表情や仕草から、この舞台の内容はあまり私と話したくないように思えた。
私は、会話の内容を変えることにした。
「そういえば明日だね。麻雀のルール、覚えた?」
一緒に駅の改札を抜けながら、彼はにっこりと笑った。
「もちろん!」
「みんなにあの衣装、着せられそう?」
「…運が良ければ。絶対に僕を応援してくださいね、沙織さん!」
「応援する!私も見てみたいもの。燈子さんのサンタ姿!」
明日が楽しみ。
どんな結果が、待ち受けているのだろう。
「さあて、親はだれじゃろね…」
燈子さんはやる気満々で、サイコロを振った。
『東』は司君と私、『南』は胡桃、『西』は高野さん、『北』が燈子さん。
今回だけ特別に、私が司君の後ろで彼の手の内を見ながらアドバイスをする事が許されている。
「僕です!」
司君が声を上げ、ゲームがスタートする。
全員で、麻雀牌をかき混ぜる。
「僕が勝ったら、絶対にあの衣装を全員、着てくださいね?」
燈子さんは頷いた。
「まかせなさい」
「負けたら巻き添えを食らうんだろうな…」
高野さんは今日まで仮装の話をひたすらスルーしようとしていたが、ついに観念したらしい。
「どうなっちゃうんだろ!楽しみ~!」
胡桃はにこにこしながら頷き、牌をかき混ぜている。
「アンタが一度でも手を間違えたら、1階の部屋に移ってもらうからね」
燈子さんがギロッと司君を睨む。
「わかりました」
彼は不敵な表情で笑い、牌を並べ出した。
こういう約束があるので、ルールを間違えて教える事は絶対に許されない。後ろで見ている私も、責任の重大さを感じる。
麻雀牌を扱う手つきはまだまだぎこちなかったが、司君は皆の早いスピードに何とかついていっている。
…驚いた。
手の作り方も早い!
「ロン!」
彼は胡桃が捨てたリャンピンで、1番最初にあがった。
「タンヤオのみ」
燈子さんは司君を睨んだ。
「リーチしないでか、やるわね」
胡桃は悔しそうな様子で、司君を見つめた。
「やられたな~…」
「…早いね」
高野さんが牌をかき混ぜながら、匂いのしない電子タバコをくわえた。
「…どう思います?」
彼は後ろに座る私に聞いてきた。
「今のあがり方はすごくいいと思う。早くしないと、他の人の手がどんどん良くなっていくし」
ゲームが進むうちに感じる。
時間を追うごとに司君は、メキメキと上達していく。
彼は他の人の捨てる牌や彼らの仕草、癖、目線、会話などを本当によく観察しており、次のゲームでその知識を活かしている。
元々器用な人なので、あっという間に牌を積むスピードが上がって来る。何度か回を重ねると、もう他の人と変わらないくらいの速さに到達してしまった。
料理をしている時にも思ったが、成長レベルの高さを感じずにはいられない。
「司君、…本当にすごいね…」
いつ勉強したのだろう。
麻雀には色々なあがり方があり、複雑なルールをきちんと覚えなくてはならない。だが彼は、どの牌を捨てた方がいいのか、どれを捨ててはいけないのか、私に聞かずとも自分の頭の中で、きちんと把握している。
「沙織さん、見ていてくださいね」
彼の目が輝いた。
「ツモ」
司君の声。
「…」
「…」
「…」
九蓮宝燈。
ゲーム中盤。
司君のあがりである。
「…話にならん」
燈子さんは、にこにこしながら喜んでいる司君を睨んだ。
「…俺、初めて見た。九蓮宝燈」
高野さんは、司君の手を凝視したまま動けない様子だった。
「私も~……すごすぎ!」
胡桃も、珍しく口を開けたまま呆然としている。
「これって、役満…ですよね……」
私は皆に、恐る恐る確認した。まさか現実で、しかも自分の目の前で、こんな手であがる人がいるとは夢にも思わなかった。
後ろでずっと彼の様子を見ていたが、あまりの鮮やかさに魔法でも見た様な気持ちになってしまい、私は一切口を挟めなかったし、アドバイスをするどころでは無くなってしまった。
司君って、一体何者なの?
「と、いうわけで!」
九蓮宝燈という役満で3人の闘志を完全に削いだまま、司君の圧倒的勝利でゲームが終わった。
「僕は一度もルールを間違えず、皆さんに勝ちました!」
「…フン。まぐれよ」
燈子さんが口を尖らせ、点棒をしまいながら負け惜しみを口にする。
「…まぐれにしても、凄くないですか?」
高野さんは牌を片付けながら素直に、司君の凄さを認めた。
「…今日、眠れないかも~…」
胡桃は面白がってグラスを台所に下げながら、司君を興味深そうに見つめている。
「…本当に上手だった」
私も思わず、席を立ちながら感動を口にした。
「クリスマスパーティー、しませんか?どうせ仮装するなら」
司君は突然、皆に提案した。
「…は?」
「…パーティー…?」
「いいねぇ!パーティ~!!」
「…」
司君は台所に掛かっているカレンダーを見つめた。
「次の週末は図書局の交流会があって、土曜の朝から日曜の晩まで僕、留守にします。…その次の週末の、21日の土曜日はどうでしょう」
「あ、ちょうど私、バイトな~い!大丈夫だよ」
「私も!」
「…俺も夜なら、空いてる」
「合わせるわ。それでいいわよ」
こんな感じで司君の提案により、シェアハウス深森のクリスマスパーティーの日程まで、決定してしまった。
全員がそれぞれの部屋に戻り、就寝準備を始めた頃。
私の部屋のドアを2回、ノックする音がした。
「はい」
「僕です」
「…!」
心臓の音が撥ねた。
私は少し躊躇ってから、部屋のドアを開けた。
…目の前に立っていたのは。
濡れたバスタオルを肩にかけた、
黒いスエット上下姿に、濡れた髪の、
お風呂上りの、司君!!!!!
「……」
自分でもわかる。
顔がどんどん、熱くなってしまう!!
「考えてみたら沙織さんの部屋って、入ったこと無かったから」
……!!!!!
「少しだけお邪魔しても、いいですか?」
……もう、夜の11時、なんですけど!!!