いきなり図書館王子の彼女になりました
 私が答えを探しているうちに、

「お邪魔します」
と、彼はさっさと部屋に入ってしまった。

「……!」

 無理矢理押し返すわけにいかなくても、
 はっきり断る事だって、出来たはず。

「司君って、強引…」

 …私ってどうしてこう、
 状況に、流されやすいんだろう…。

「え?…そうですか?」
 彼はきょとんとした表情で、とぼけてる。

「…自覚ないの?」

「はい!」


「んニャー...」

 たまたま私の部屋に遊びに来ていたクールが、司君の足に頭を摺り寄せる。

「あ、クール!今までどこにいたの?」

 彼はクールを抱き上げ、自分の腕の中にすっぽりと包み込んだ。

「いいね、クールは。いつでも沙織さんの部屋に遊びに来れて」

 クールを抱いたまま楽しそうにくるくる回り、彼は私の部屋の中を見回した。

「綺麗な部屋ですね」

「そう?」
 割と物が少ない部屋だと、自分では思う。

 グリーンが基調となったこの部屋は、壁一面に備え付けられた本棚にびっしりと、大好きな本が場所を取っている。

 お気に入りの丸テーブルには、花柄のポットとカップに入ったカモミールのハーブティーだけが置かれていた。

 彼は抱っこしているクールを優しく撫でながら、本棚に入っている本を見つめていた。

「……」

 司君の髪、まだ濡れてる。
 この寒いのに、このままだと風邪ひいちゃう。

「まだ髪が濡れてるよ」

 彼はクールをそっと床におろすと、ドレッサーの小さな椅子に腰かけ、鏡に映る私の目をじっと見た。

「……はい」
 甘える様な表情を見せ、彼は自分の肩にかかっていたバスタオルを私に差し出す。


「……!!」


 そして数分後。


 何故か私は、彼の薄茶色の髪をバスタオルで拭き、自分のドライヤーで念入りに、乾かしてあげている。

「…気持ちいい...」

 鏡に映る彼は、至福の表情。

 柔らかい髪。
 乾かすと、いつものフワフワに変わる。

 ずっと触れていたくなる。

「…乾いたら部屋に帰ってね、司君」

 髪が濡れている司君は、
 …妙に色っぽい。

「…帰って欲しい?沙織さんは」

 あの、柑橘系の、…すごくいい香りがする。

「そういう冗談、今はやめて」

 ドキドキし過ぎて、死んでしまいそうになる。

「…はーい…」


 彼の足元には、安心した様子でクールが丸まっている。


 怖くなってる、私。

 この時間は、何かの拍子に、
 あっけなく終わってしまうの?

 真実に直面した瞬間、
 何もかも、変わってしまうの?


 だって私、まだ司君に
 何も本当の事、質問できていない。


 一つ言葉を間違えたら、
 夢から醒めるみたいに
 この幸せが、無くなりそうで。




 彼は、本棚の一番目立つ場所にしまってある、『霽月の輝く庭』の保存用と読む用のハードカバー本を指差した。

「まだ、5巻目までなんですね」

「うん。なかなか集められないの。冬は色々と物入りだから…」

 彼は、鏡越しにまた私の目を見つめた。

「…まだなら良かったです。クリスマスまで13巻だけ、買わないでもらえますか?」

「…13巻だけ?...どうして?」

 実は私、『霽月の輝く庭』の、13巻はあまり好きじゃない。

 全キャラクターの中で1番大好きな『言魄(コダマ)』が、13巻のラストで魔獣に喰われ、死んでしまうからだ。

「僕からプレゼントしたいんです!13巻を沙織さんに」

「…本当…?ありがとう」

 どうして13巻を?

 彼は、ちらっと謎めいた微笑みを見せた。

「司君は、クリスマスプレゼント何が欲しい?」

 相変わらず、深まり続ける謎。

「わかってるくせに」

 聞いたら何でも、答えてくれるのなら。

「…?」

 質問するしか、無いけれど。


「沙織さんからのキスが欲しい」
 彼の瞳の奥から、艶めいた色。


「……」


 こういう回答しか、
 返してはくれないの?!



「…なんてね!」
 おどけた顔をして、冗談めかして笑う。
 

「……もう!」








 彼の髪が、完全に乾いた。


「はい!乾いたよ!」


「ありがとうございます!」


「…」


「…」


 …じゃ帰って!
 と、押し出すわけにもいかないし。






 ……。






 この沈黙時間、
 …落ち着かない!!








「…お邪魔しました。今度は僕が、沙織さんの髪を乾かしますね」

「…ありがと」



 あ、よかった。帰ってくれそう。



 彼はドアのすぐ側まで歩いてドアノブに手をかけてから、

「ご褒美、もらえますか?」
と突然、言い出した。


「…ご褒美?」


「…麻雀に勝った、ご褒美」

 まさか、キスをねだられるの?



 身構えた私に向かって照れた様に微笑み、
「…このまま…」

 彼は私を、繊細な物に触れる様に優しく、抱きしめた。


「しばらく、このままでいさせて….」


 あの、柑橘系の、…すごくいい香りが、
 私にも、うつってしまいそう。



「……」



「……」



「…この香り...」



「…香り?」


「…香水じゃ、なかったんだ...」


「ああ、…これ?」

 彼は私を抱き締めながら、
 自分の香りを少し嗅いだ。

「…海外の石鹸です。いただき物の」

「…石鹸」

 彼は少し体を離し、
 触れそうな距離で私の目を覗き込んだ。

「気に入ってくれました?沙織さん」



 …あ、もうダメ。



 動悸で、頭がおかしくなりそう。


 
 …このままじゃ死んじゃう!!




 私は彼の体を無理矢理、ドアの外へぎゅっと押し出した。



「じゃあ、お休み!また明日ね!!」


「…うん」


 彼は少し寂しそうな表情で、自分の部屋へと帰ってしまった。



「…ハア…」



 もう、呼吸困難になりそう…。



 コンコン。



 また、ノックの音。



「はい、どなたですか?」




「僕です」   





 ……司君…。





 ドアを開けた。


 彼は、手のひらの上に小さな、『Orange&Olive』と書かれた黄緑色の可愛らしい箱を乗せている。

「沙織さんに、これあげます。たくさんあったから」

「…?」

 …司君の香りがする!

「開けてみて下さい!」


 箱を開けてみると。

 薄いピンクの花びらが埋められた楕円形の、黄緑色の石鹸が入っていた。

「わあ…!嬉しい、ありがとう!司君」

 私は嬉しくなり、彼を見上げた。


「…スキあり」


 彼は突然、私の頬に軽くキスをした。


「…!!」


 少し恥ずかしそうに彼は笑うと、

「おやすみなさい!沙織さん」


と言って、今度こそ自室へと行ってしまった。




 



 








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