いきなり図書館王子の彼女になりました
 本当は司君を『未来志向』に誘って、お茶でもしながら二人でゆっくり話をしたかった。

 だけど彼はいつもの様に手を繋いだりせず、ただ私の横を大人しく歩いている。

 ずっと生徒会室での事を考えているのだろうか。無言の状態が長く続いたせいで、話を切り出すタイミングがなかなか見つけられない。

「……」

「……」

 想像通り、ショックではあった。

 燈子さん達が言っていた事は、完璧に当たっていたからである。

 司君は嘘をついて計画的にこちらに近づき、勢いに任せて私と付き合い始めたという事がこれで、はっきりしたのだから。

 でも後悔は、していない。

 私はそうかも知れないと思いながら、何も聞かずに彼と付き合うという選択肢を、自分で選んだのだ。

 それに。

 何を考えているのかはわからないけれど、司君の誠意と優しさだけは最初から、信じられる様な気がしていた。

 嘘が明らかになった今、ずっと先延ばしにしていた質問を彼に、一つずつしていかなければならない。


 少し気が重い。
 自分で蒔いた種だけれど。


 沈黙がつらくなってしまった私は、司君にいきなり無茶振りをした。
 
「ねえ、司君、…あれやってみてよ!胡桃のモノマネ!」

「…?」

「『…はい。わかりました〜』」

 彼は私のその様子を見て、少し馬鹿にした様な表情を見せた。

「全然、違いますね」

「じゃ、やって見せて」
 
 私が口を尖らせると、彼は歩きながら実演してくれた。

「『…はい。わかりました〜』」

 すごい!本人そっくり!!
 私は思わず、笑ってしまった。

「わ!ははは!!やっぱりカンペキ!!練習でもしたの?」

「…しなくてもこのくらい出来ます。燈子さんの真似も出来ますよ」

「できるの?!見たい見たい!!」

「『さあて、親はだれじゃろね…』」

 …そっくり!!!

 私はますます可笑しくなり、お腹を抱えて笑ってしまった。

「はははははは!司君上手…!」

 私達は話しながら、いつの間にかシェアハウス深森のすぐ近くにある、海浜公園の中を二人で歩いていた。


「沙織さん」


 司君は足を止め、私の顔を真剣な表情で見つめた。

「…?」

「怒ってもいいんですよ?僕はあなたに、嘘をついていたんだから」

 夕焼けが、海をオレンジの色に染める。

「…怒って欲しいの?…私も知ってて、そのまま司君と付き合ってたのに?」

 太陽は水平線に顎を乗せて、微笑んでる。

「…沙織さんが怒ってくれた方が、ちょっと気が楽かも」

 私は海に浮かぶ船を見ながら、司君が実演した燈子さんの真似を急に思い出していまい、思わず心の中で笑ってしまった。

「…甘えてますね、僕」

 彼の表情は硬く、
 まるで笑顔を自分で
 封印しているみたいに見える。

「ごめんなさい、沙織さん。あなたを騙すような事をして」

 嫌だな、笑ってて欲しいのに。

「気づいたあなたに、嘘までつかせてしまって」

 司君の笑った顔が一番、好きなのに。

「今日は司君の方が、寒そう…」

 私は何も身に着けていない制服姿の彼の首に、自分が巻いていた黄色いボンボンつきのマフラーをそっと巻いた。

「…何でも似合ちゃうよね、司君」

 この可愛いマフラーまで、私よりも似合ってる。

「…」

「…私ね、怖かったの」

「…?」

 太陽は、水平線と溶け合って、
 共に夜の世界へと、旅立っていく。

「司君と、気まずくなるのが」

 彼は私のマフラーに両手で触れ、
 一瞬だけその中に顔をうずめた。

「本当はもっと早く色々、大事な事を聞かなきゃいけなかったんだけど」

 彼はマフラーの中から少し顔を出し、
 潤んだ視線を私に向け、








 私の肩に、顔をうずめた。







「………」









 司君…?








「…本当にお人好しですね、沙織さんは…」








 声が、小さく震えている。







 ……?









 …重い。







 …バ、バランス…が、取れない。








 私は司君の体の重みを自分の全体重で支えながら、不思議に思って彼の顔を見上げた。






「…司君…?」





 彼の顔が、ひどく赤い。
 目が潤み、焦点が合っていない。







 …もしかして。








 彼の額に手を当ててみる。





 すごく熱い。






「…熱がある!」



「…」




「早く帰ろう、司君!」




 私は彼の体を支えながら、シェアハウス深森へと急いだ。













「司君、大丈夫そう?」
 リビングで、胡桃が私に声をかけた。

「38度8分だった。…今、市販の熱冷ましを飲んでぐっすり眠っているから、明日病院に行けば大丈夫だと思う」

 たまたま家にいた胡桃と燈子さんは司君の体調を心配し、氷枕やタオルを一緒に準備してくれた。

「高野さんがいて車を出してもらえればね~。救急病院とかに行けるのに!」
 心配そうに胡桃が言うと、私も頷いた。インフルエンザじゃないといいけど。

「白井君はしばらく眠るだろうから、3人だけで夕飯にしよう。高野君は今日、仕事で遅いらしいからね」
 夕食当番の燈子さんは、胡桃と私に声をかけてくれた。

「どんな時でも食べておかないと。いざという時、力が湧かないからね」

 胡桃と私は素直に頷き、3人で燈子さんが用意してくれたを夕食を摂った。


 夕食後。再び司君の様子を見に行こうとし、別な氷枕を準備していた私に、燈子さんから声がかかった。

「思ったよりもいい子そうな彼氏だね、白井君。…初心者の癖に、麻雀が強すぎて腹が立つったら無いけど」

 私は頷いた。

「はい。どうやらホストや詐欺師では無いみたいです」

「嘘をついていた事は、白状したのかい?」

「はい。…どうしてそうしたのかは、聞きそびれちゃいましたけど」

「良かったじゃないか」

 大賢者は私に、微笑んでくれた。
 私は彼女に、笑い返した。

「はい」

 焦らなくたって、いい。
 きっといつか、教えてくれる。


 質問にはきちんと答えるって、
 彼は約束してくれたのだから。












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