いきなり図書館王子の彼女になりました
「司君、まだ微熱あるんだね~。早く良くなるといいけど」
翌日の朝。私は久しぶりに胡桃と一緒に通学路を歩いている。
「今日、病院に行くんだって」
彼女は演劇部の練習が毎日あり、普段は私よりも早い時間に家を出ている。今日は何故か一緒に登校出来て、とても嬉しい。
「早朝練習、お休みなの?」
「うん。部員が5人も体調不良で学校休んじゃったから。インフルエンザも流行ってるみたいだし、しばらく早朝練習は無くなるかも」
「それは大変だね」
七曜学園演劇部は大変レベルが高く、部員達の演劇に対する意識はとても高い。過去のコンクールでは数々の輝かしい賞を獲っており、早朝練習は主に発声練習やストレッチなどの体力作りをしているらしい。
「司君は、インフルエンザじゃないといいね~」
「うん」
私はふと、胡桃が言ってくれていた言葉を思い出した。
「そういえば胡桃、『念のため怖い目に遇わないように、見張っててあげる』って言ってくれてたよね?」
今まで全然、見張ってくれて無かったような…。
胡桃は意地悪そうにニヤニヤと笑い、横を歩きながら私の肩をべしっと叩いた。
「いや~もう!あの司君の、『沙織大好き・ベタ惚れオーラ』を入居初日から目の当りにしたら、別に見張る必要全然、無さそうかな~と思ってね~」
「……!!」
「いい子じゃない。司君」
「……うん」
胡桃、ちゃんと見ていてくれたんだ。
感謝の気持ちが、込み上げてくる。
「それよりさ~、『要注意リスト』達はその後、大丈夫なの?」
「……そろそろ、また来るかも」
「じゃあ私はそっちに集中して、見張っててあげる!」
「いつもありがとう。頼りにしています」
私は、胡桃にぺこりと頭を下げた。本当に彼女は、頼りになる親友である。
「まかせなさい!」
噂をすれば。
何処かから、私めがけて
生卵が猛スピードで、飛んできた。
胡桃はすかさず私の肩を掴み、ぐっと道の歩道側に押した。
「!!」
私の顔すれすれを飛んで来た生卵は電柱に当たり、びちゃっと音を立てて、一瞬で粉々に割れてしまった。
そして中からドロドロした液体が溢れ、あたりを汚した。
胡桃の目が、怒りに揺れた。
「誰だ、ゴルァ!!!!!」
胡桃が叫んだ。
獰猛な獣の様に。
近くを歩いていた生徒達は、
胡桃の迫力に、恐れおののいた。
「食べ物が、勿体無いだろうガァ!!!!!」
恐怖のあまり、男女問わず、
登校している生徒たちは全速力で、
この場から逃げ出してしまった。
「……」
……胡桃さん!!!
……怒るとあなたは、どうして
キャラが変わっちゃうの?!!!!
「…く、胡桃、ど、どうもありがと…!」
早く戻って!!いつもの胡桃に!!!
「うん、当たらなくてよかったね~!!」
ほッ。
良かった、戻ってくれた。
胡桃は校舎を見上げた。
「…アッチから飛んできたわよ~…」
胡桃は学校の方角を指差した。
「…学校からここまで結構、距離あったよね?」
「新しい飛び道具を使った可能性、あるわね~。『タマゴっ娘』め…」
『タマゴっ娘』は『要注意リスト』ナンバー1だ。
その歴史は私の中学時代にまで遡るため、他の『要注意リスト』該当者よりもはるかに長い。彼女の手口は巧妙であり、こちらには決して尻尾を掴ませず正体を見せない。
「誰が『タマゴっ娘』かは、大体目星がついているんでしょ?沙織」
「うん」
「もし『タマゴっ娘』をきちんと裁けるとしたら、沙織はどうしたい~?」
胡桃と二人で校門の中に入り、私は歩きながら考え込んだ。
「どうしてこんな事をしたのか理由を聞いて、もう卵を投げたりしないでね、って言うくらいかな」
胡桃は口を尖らせて、足を止めた。
「…ええ?!!どうしてよ~!何度もひどい目に遇ってるのに!」
「……だって私、自分が誰かを傷つけた事がわかった時が一番、嫌な気持になる」
「……」
「卵を投げるような行動を繰り返すたびに『タマゴっ娘』はきっと、自分でも知らないうちに傷ついてる」
「…それは沙織が、いい人過ぎるからそう思うんだよ~…」
私は首を横に振った。もし『タマゴっ娘』がごく普通の人間で、ちゃんとした心を持っていたなら、という話だけど。
「『タマゴっ娘』の心は傷ついて今、たくさん血を流してる。…傷つけ返す必要無い」
「出た~!沙織のザ・文学表現!!」
「……」
怒ってはいるんだよ。私だって。
だけど正直、ヘトヘトに疲れるからあまり、自分に対して攻撃的な人の事は考えたく無いし、関わりも持ちたく無い。
自分のエネルギーはいつだって、
出来る事なら満タンにしておいて、
喜びと幸せのためだけに、使っていたい。
私達が校舎の入り口前まで来ると、
「有沢さん!」
と、風間さんの声が玄関の方から聞こえた。
見上げると、風間さんは一人の女生徒の腕を引っ張ってこちらに歩いて来る。
「おはよう、風間さん。…その人は…?」
1年生の女生徒だ。小さなそばかすがふくよかな頬に点在し、長い髪を無造作に後ろで束ねている、不機嫌そうな子。
「1年3組、松谷さんです。この人、3階の吹き抜けの窓からあなたに、卵を飛ばしていました」
風間さんは松谷さんを逃がさない様に彼女の右腕を強く掴みながら、彼女から取り上げたとみられる、手作りのパチンコを大きくしたような道具を私に見せた。
「……!」
胡桃の目が、ギラっと光った。
「…お前が『タマゴっ娘』かぁ!!!!」
胡桃は松谷さんの両肩を掴み、今にも殴りかかろうとしている。
「胡桃やめて!!」
私は叫んだ。
「でも沙織!」
「私が話す」
「……わかった」
「松谷さん、どうしてこんな事したの?」
「……」
「……同じ中学だよね?私達」
「…知っていたんですか?私の事」
松谷さんは初めて、顔を上げてこちらを見た。
「うん。知ってた。卵を投げたのは黒木君の件と何か、関係あるの?」
「違います!!図書局の白井君です!!……どうして、いつもいつも、相手があなたなんですか…!!!」
「……」
…司君?
「……私は中学時代から、黒木先輩の事ばかり追っていました」
「うん」
知ってる。証拠は出なかったけど、中学の時も私、卵をぶつけられたから。制服がグッチャグチャドロッドロになって、ひどい目に遭ったなぁ…。
「あなたが黒木先輩と付き合っているってわかったから私、ずっと好きだった先輩を諦めました。時間がかかったけど別な人を好きになれたのに。やっと」
「……そう」
「それなのに、やっと好きになった白井君は、あなたと付き合い始めたって言うし!!もう、あなたに卵をぶつけるしか無いじゃないですか!!!」
……。
…さすが『タマゴっ娘』…。
翌日の朝。私は久しぶりに胡桃と一緒に通学路を歩いている。
「今日、病院に行くんだって」
彼女は演劇部の練習が毎日あり、普段は私よりも早い時間に家を出ている。今日は何故か一緒に登校出来て、とても嬉しい。
「早朝練習、お休みなの?」
「うん。部員が5人も体調不良で学校休んじゃったから。インフルエンザも流行ってるみたいだし、しばらく早朝練習は無くなるかも」
「それは大変だね」
七曜学園演劇部は大変レベルが高く、部員達の演劇に対する意識はとても高い。過去のコンクールでは数々の輝かしい賞を獲っており、早朝練習は主に発声練習やストレッチなどの体力作りをしているらしい。
「司君は、インフルエンザじゃないといいね~」
「うん」
私はふと、胡桃が言ってくれていた言葉を思い出した。
「そういえば胡桃、『念のため怖い目に遇わないように、見張っててあげる』って言ってくれてたよね?」
今まで全然、見張ってくれて無かったような…。
胡桃は意地悪そうにニヤニヤと笑い、横を歩きながら私の肩をべしっと叩いた。
「いや~もう!あの司君の、『沙織大好き・ベタ惚れオーラ』を入居初日から目の当りにしたら、別に見張る必要全然、無さそうかな~と思ってね~」
「……!!」
「いい子じゃない。司君」
「……うん」
胡桃、ちゃんと見ていてくれたんだ。
感謝の気持ちが、込み上げてくる。
「それよりさ~、『要注意リスト』達はその後、大丈夫なの?」
「……そろそろ、また来るかも」
「じゃあ私はそっちに集中して、見張っててあげる!」
「いつもありがとう。頼りにしています」
私は、胡桃にぺこりと頭を下げた。本当に彼女は、頼りになる親友である。
「まかせなさい!」
噂をすれば。
何処かから、私めがけて
生卵が猛スピードで、飛んできた。
胡桃はすかさず私の肩を掴み、ぐっと道の歩道側に押した。
「!!」
私の顔すれすれを飛んで来た生卵は電柱に当たり、びちゃっと音を立てて、一瞬で粉々に割れてしまった。
そして中からドロドロした液体が溢れ、あたりを汚した。
胡桃の目が、怒りに揺れた。
「誰だ、ゴルァ!!!!!」
胡桃が叫んだ。
獰猛な獣の様に。
近くを歩いていた生徒達は、
胡桃の迫力に、恐れおののいた。
「食べ物が、勿体無いだろうガァ!!!!!」
恐怖のあまり、男女問わず、
登校している生徒たちは全速力で、
この場から逃げ出してしまった。
「……」
……胡桃さん!!!
……怒るとあなたは、どうして
キャラが変わっちゃうの?!!!!
「…く、胡桃、ど、どうもありがと…!」
早く戻って!!いつもの胡桃に!!!
「うん、当たらなくてよかったね~!!」
ほッ。
良かった、戻ってくれた。
胡桃は校舎を見上げた。
「…アッチから飛んできたわよ~…」
胡桃は学校の方角を指差した。
「…学校からここまで結構、距離あったよね?」
「新しい飛び道具を使った可能性、あるわね~。『タマゴっ娘』め…」
『タマゴっ娘』は『要注意リスト』ナンバー1だ。
その歴史は私の中学時代にまで遡るため、他の『要注意リスト』該当者よりもはるかに長い。彼女の手口は巧妙であり、こちらには決して尻尾を掴ませず正体を見せない。
「誰が『タマゴっ娘』かは、大体目星がついているんでしょ?沙織」
「うん」
「もし『タマゴっ娘』をきちんと裁けるとしたら、沙織はどうしたい~?」
胡桃と二人で校門の中に入り、私は歩きながら考え込んだ。
「どうしてこんな事をしたのか理由を聞いて、もう卵を投げたりしないでね、って言うくらいかな」
胡桃は口を尖らせて、足を止めた。
「…ええ?!!どうしてよ~!何度もひどい目に遇ってるのに!」
「……だって私、自分が誰かを傷つけた事がわかった時が一番、嫌な気持になる」
「……」
「卵を投げるような行動を繰り返すたびに『タマゴっ娘』はきっと、自分でも知らないうちに傷ついてる」
「…それは沙織が、いい人過ぎるからそう思うんだよ~…」
私は首を横に振った。もし『タマゴっ娘』がごく普通の人間で、ちゃんとした心を持っていたなら、という話だけど。
「『タマゴっ娘』の心は傷ついて今、たくさん血を流してる。…傷つけ返す必要無い」
「出た~!沙織のザ・文学表現!!」
「……」
怒ってはいるんだよ。私だって。
だけど正直、ヘトヘトに疲れるからあまり、自分に対して攻撃的な人の事は考えたく無いし、関わりも持ちたく無い。
自分のエネルギーはいつだって、
出来る事なら満タンにしておいて、
喜びと幸せのためだけに、使っていたい。
私達が校舎の入り口前まで来ると、
「有沢さん!」
と、風間さんの声が玄関の方から聞こえた。
見上げると、風間さんは一人の女生徒の腕を引っ張ってこちらに歩いて来る。
「おはよう、風間さん。…その人は…?」
1年生の女生徒だ。小さなそばかすがふくよかな頬に点在し、長い髪を無造作に後ろで束ねている、不機嫌そうな子。
「1年3組、松谷さんです。この人、3階の吹き抜けの窓からあなたに、卵を飛ばしていました」
風間さんは松谷さんを逃がさない様に彼女の右腕を強く掴みながら、彼女から取り上げたとみられる、手作りのパチンコを大きくしたような道具を私に見せた。
「……!」
胡桃の目が、ギラっと光った。
「…お前が『タマゴっ娘』かぁ!!!!」
胡桃は松谷さんの両肩を掴み、今にも殴りかかろうとしている。
「胡桃やめて!!」
私は叫んだ。
「でも沙織!」
「私が話す」
「……わかった」
「松谷さん、どうしてこんな事したの?」
「……」
「……同じ中学だよね?私達」
「…知っていたんですか?私の事」
松谷さんは初めて、顔を上げてこちらを見た。
「うん。知ってた。卵を投げたのは黒木君の件と何か、関係あるの?」
「違います!!図書局の白井君です!!……どうして、いつもいつも、相手があなたなんですか…!!!」
「……」
…司君?
「……私は中学時代から、黒木先輩の事ばかり追っていました」
「うん」
知ってる。証拠は出なかったけど、中学の時も私、卵をぶつけられたから。制服がグッチャグチャドロッドロになって、ひどい目に遭ったなぁ…。
「あなたが黒木先輩と付き合っているってわかったから私、ずっと好きだった先輩を諦めました。時間がかかったけど別な人を好きになれたのに。やっと」
「……そう」
「それなのに、やっと好きになった白井君は、あなたと付き合い始めたって言うし!!もう、あなたに卵をぶつけるしか無いじゃないですか!!!」
……。
…さすが『タマゴっ娘』…。