いきなり図書館王子の彼女になりました

 それにしても、私ったら何てこと…!



 無意識のうちに彼の方を見ながら、電話の相手と喋っていた…って事?!



「実は…」

 私はごくりと息を飲んで、話を切り出した。

 早く、彼の誤解を解かなくちゃ!!

「…はい」


「あの時、携帯電話で自分の友達と話してて…」


 その友達を、今日ここに誘ったつもりでいたの、と言おうとしたその時。

 ちょうど『その友達』から声がかかった。

「お話し中ごめんなさい。…沙織、時間大丈夫?」

 …時間…?

 カウンター脇からこちらを見ている胡桃が指差していたのは、壁にかかったアンティークの古時計だった。

「早く並ばなくちゃいけないんじゃ無かったの?」


 私は時計の針を見て、ぎょっとした。



 …もうすぐ1時半!!!


 …でも、もう、それどころじゃないかも。


 司君に誤解させたままだし、サイン会よりまずはこちらを解決しなくちゃ!!!



「何か急ぎの予定があったんですか?」

 彼は心配そうに、声をかけてくれた。

「ううん、そんな事よりこっちの話の方が先…」

「一緒に行きます。何かに並ぶのなら、話はその時に出来るでしょう?」

「そんな!申し訳無さ過ぎるよ、だって私まだ…」

 誤解を解いていないから。

「いいから!とにかく行きましょう!」

 彼は席を立ち、さっさと会計カウンターへと行ってしまった。


 …仕方が無い。
 彼に付き合ってもらう事になるけれど、サイン会に並びながらちゃんと、誤解を解こう…。

「胡桃、ありがと!また後でね」

「は~い!行ってらっしゃい!」

 テーブルを拭いている胡桃に短く声をかけ、私は彼と一緒に会計を済ませて外へ出た。










 八百洲ブックセンターに行くと、想像した通りの長蛇の列が、店の外まで永遠と思えるくらいに広がっていた。

 事前にメールで2名の申し込みを済ませているため、先生の所に到着する前にサイン会が終了してしまう心配は無い。

 しかし、この調子だとどれだけ待たなければならないのだろう…。


 11月の末とはいえ、今日はとても寒い。


 成り行きで付き合わせる事になってしまった白井君に何時間も一緒に並んでもらうのはあまりにも申し訳無くて、私はまた彼に声をかけた。

「あの」

 彼は入り口に立てかけてある《ついに完結!『霽月の輝く庭』シリーズ:神原彩架月先生 第21回サイン会》という看板を真剣な表情でじっと見つめていたが、私の声に反応し、笑顔になって振り向いた。

「はい!」

 少しだけ、彼は今までと違う顔つきだった気がする。

 気のせいかな。


「やっぱり、ここに並ぶのはやめにして、どこかのお店に入って話さない?」

「…どうして?ここで並ばないと、先生には会えませんよ?」

「だってこの寒い中、白井君に一緒に並んでもらうのは悪いし…」

「司と呼んで下さい」

「う、うん…」

「僕に遠慮なんて、しなくていいですよ。元々今日は沙織さんに付き合うために来たんですから」

「でも…」

 ここに並んでてワクワクして楽しみで幸せな人って、神原先生のファンだけなんじゃないだろうか…?

 私は言葉を続けた。

「私は神原彩架月先生の大ファンだけど…司君は神原先生、知ってるの?」

 彼は私を不思議そうにじっと見つめ、

「…は?」

 と聞き返すと、『信じられない!』とでも言いたげな表情を見せ、いきなり吹き出し、笑い出した。


「は、はは!ははは!!」


 彼は自分の胸に手を当てて、少し自慢げにこう言った。

「馬鹿にしないで下さい。神原彩架月の本は、全て網羅していますよ」

「ええっ?!!!ほ、本当?!!!」


 私はつい、興奮してしまった。


 自分の、このマニアックな趣味を理解してくれそうな人に、胡桃に出会って以来久しぶりにお目にかかったからである!!


「じ、じゃあ、問題!『霽月の輝く庭』シリーズ前半の10巻までは、神原彩架月先生のペンネームが今とは違いました。その名前をフルネームで答えて下さい!」


「神原彩月」


「…正解!…じゃあ神原先生の、性別は?」

「女性」

 これも正解。

「当たり!…じゃあ先生の、プロフィールは?」

「未公開」

「正解」


 う~ん、良く知ってるなあ!!


 もしかしたら彼は、先生のファンなのかな?


「『霽月の輝く庭』シリーズ前半の主人公の名前は?」

「『亜槙(アーシ)』」

「では、『亜槙』が亡くなって、11巻から新たに登場した重要人物は?」

「『言魄(コダマ)』。…簡単すぎます!」

 私は嬉しくて、つい興奮して笑い出してしまった。

「すごい!!司君、本当に神原先生の作品に詳しいね!!」


 彼は、私の口元をじっと見つめている。

「…?」


 急に恥ずかしそうに彼は目を伏せ、身に着けていたマフラーを外した。

「…息が白いですね。まだ11月なのに」

「…うん、そうだね…」


 一瞬躊躇った様子でこちらを見つめながら彼は微笑み、


「…寒そう…」


 そのふんわりとしたマフラーを、私の首に優しく、巻いてくれた。


「…これ、巻いてて下さい」


 白くて、柔らかくて、温かいマフラー。

 …何だか柑橘系の、いい香りがする…。

 じんわりと、心が暖かくなってくる。


「…ありがとう…」


 暖かい、と、いうより…。


 一瞬で体中が熱く、なってしまった…。











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