いきなり図書館王子の彼女になりました
いきなり!カレイドスコープ・タイム!

「どこで俺は、間違えたんだ」

 黒木君は行列を見つめ、独り言のように呟いた。

「お前の1番近くにいる男は、俺だった」



 黒木君…?



「だから『彼女のフリ』などもう、やめてくれと言ったんだ」








「例えお前が今、俺に恋をしていなくても」












「いずれそうなるかも知れないと、希望だけは持っていたから」








「だが、この現実はどうだ」


 彼は、私の目を見つめた。
 見た事の無い、悲しそうな表情で。


「教えてくれ、有沢。俺では駄目なのか」




 ………決して


 ……冗談を言うような人じゃない。


「ずっと」


 だから現実が
 受け入れられない。





「好きだった。中学の時から」







「……黒木君……」




 心の中の何かが音を立てて、
 一瞬で全て、ひっくり返った。





 舞台で観た『既望』の言葉が、
 いきなり心の中で響く。








『時の輪を戻し、もう一度あの方に会いに行く』










 まさか黒木君が……私を?






「あの1年生とお前が手を繋いでいる姿を見るのは、とても耐えられない」

 前を歩くカップルは、仲良さそうにポップコーンをつまんでいる。周りを歩く家族連れは楽しそうで、こちらの会話など全く耳に入っていない。


「俺を選んでくれないか、有沢」



 行列が、徐々に動き出す。



「…黒木君…」



 それを言うために、今日私をここに…?



 その時、『イッツ・ア・ファンタジーワールド!』の搭乗口に到着した。

 船に見立てた乗り物に、まるでカップルの様に黒木君と乗り込んで、不思議世界へと入っていく。

 キャラクターや可愛らしい人形が、音楽に合わせて踊り出す。一緒に歌って踊りましょう、とこちらに呼びかける様に。

「チャンスはあったのか?俺に」

 このアトラクションに潜むネズミーランドのキャラクター達が、どこに隠れているのかをワクワクしながら探したり、軽快な音楽や歌を楽しんだりする気分には、今は到底ならなかった。

「……」

 黒木君の彫りの深い、静かな横顔を盗み見る。音楽の中、彼の声が私にだけ聞こえてくる。

「あの1年生が現れる前に、お前に気持ちを伝えれば」

 私を好きだという素振りを、彼は今まで一切見せようとしなかった。

 だからまるで、気づかなかった。


「時間を元に戻せば」


 …司君や風間さんに指摘された通り、
 ただ単に私が、鈍すぎただけ…?


「……黒木君」


 言葉が出ない。
 ちゃんと答えなくちゃいけないのに。











 黒木遼河『第1モテ期』は、中学2年生の時。

 中学1年生の時はクラスで一番背が低くて、私よりもちょっと小さかった黒木君。

 性格は今とほとんど変わらなくて正義感が強く、当時から曲がった事が大嫌い。負けず嫌いで不愛想で、決して人に好かれようとしなかった。




「どうした、食べないのか」

 はっとして我に返った。

 私は今、黒木君とネズミーランドのパーク内にあるハンバーガーショップで昼食を摂っている。

「あ、食べる!」

 チーズバーガーを食べながら私はまた、中学時代を思い出した。


 黒木君は勉強も運動もずば抜けて出来たけれど、すぐに怒る性格が災いし、他のクラスメイトからは恐れられ、遠巻きに注目されていた。

「あ、結構美味しいね、これ」

 天気がいいのでオープンカフェスペースに2人で座っていると、ちょうど短いパレードが前を通った。

「…そうだな」

 中学2年生になると背が伸びて、あっという間に身長が180㎝を超え、カッコ良くなった黒木君。

 その頃から女子達の、彼に対する視線がコロッと変わった。30個近くのバレンタインチョコ。校舎裏に呼び出されての告白タイム。

「……何を考えていた」

 少しだけ他の女子達よりも黒木君と仲良くなった女生徒が2名いた。

「中学時代の頃の事」

 その子達は汚いいじめや嫌がらせに遇い、そのうちの1人は不登校、もう1人は転校までする騒ぎとなった。

「……思い出したくも無いな」


 主役のネズミーがサンタクロースの恰好をして、色彩溢れた巨大ゴンドラの頂上から手を振っている。

「あ、ネズミー可愛い!」

「……そうか?あれが?」

 彼はコーラを飲みながら、頬杖をついた。


 黒木君本人も傷つき悩み、女子に優しく接しない様に気を付けていた。

 だけど。


 私にだけは何故か時々、彼の方から話しかけてくれた。

「……随分、黒木君に守られてた。私」

 彼の隣の席になる事が多くて一番近くにいた私は、女子達のいじめに遇ったり『タマゴっ娘』松谷さんの卵攻撃に遇ったりしていた。

 彼はある日、こう言ってきた。

 あまりこちらに近づかない様にしながら、そっと私にだけ聞こえる声で。

『困った事があったら言え』

 高校に入った頃から、黒木君は人から注目される事を嫌がらなくなった。

 生徒会に入り、むしろ積極的に人前に立つようになった。その真っ直ぐで男らしい人柄が男女問わず人望を集める様になっていき、後輩が出来るとさらに彼の回りに人が集まった。

 この時が、黒木遼河『第2モテ期』。

 いつも近くにいる私がいじめや危ない目に遭いそうになるたびに、彼はあらゆる手を使って全力で守ってくれた。

「お前がひどい目に遇ったていたのは、元々俺のせいだからな」

 そのうち、黒木君自身がストーカー行為に遭い、そのストーカーの彼氏からいわれの無い中傷を受け、生徒会を辞めさせられそうにまでなった。

 私は提案した。『彼女のフリ』をして、女子達を遠ざけようと。

 彼は最初、反対した。そんな事をしたら私が危険な目に遇うからと。


「……一部はそうだとしても」


 でも状況的にどうしてもそうするしか無くなって、『彼女のフリ』を始めてしまった。

 黒木君と一緒に戦う戦友の様な関係でいられる事が、私は嬉しかった。互いに対する信頼感で繋がっていられる気がしたから。

「守ってくれてありがとう。黒木君のおかげで私は結構、楽しかったよ。中学時代も今も!」

 彼との関係は、絶対に男女の恋にしてしまいたくなかった。

 恋をすると、ふとした弾みで、関係が終わることだってあるかも知れないから。

「……」

 彼の強さと優しさを応援したかった。
 私は彼の、一生の友達でいたかった。

「いい友達が沢山できた。思い出したい事の方が多いもの」

 だから彼の魅力の虜になって、
 恋愛方面に向かってしまわない様に。

「どんなに俺の見た目が変わっても」

 私は細心の注意を払って
 心の奥底で叫んでいる自分に、
 大きな大きな蓋をしていた。

「お前は俺を絶対に、特別扱いしなかった」

 だってもし、私が黒木君に一瞬でも恋をしてしまったら。

「それでどんなに俺が、救われたか」

 誰もいなくなる気がした。
 黒木君にとっても私にとっても。

 気持ちが軽くなる様な、
 他愛のない会話が出来る相手が。
 
「うん」

 私は、黒木君の恋人では無く

「俺は」

 いつまでも友達で、いたかった。


「お前と2人で話す時間が、好きだった」












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