いきなり図書館王子の彼女になりました

 彼は涙を流しながら、笑っていた。


「真面目な顔になったな~…と思ったら……青くなったり赤くなったり!」





「…!!」





「…頭を抱えて苦悩したり!…1人でず〜っと百面相してるから!!」





「……!!!!!」





「…は〜〜、沙織さん、最っ高!!!」







 ………最っ高?!!!!!








 ずっと私の顔を見て、面白がってたの?!!!!!!








 性格悪!!!!!!










「…ひどい!私の事バカにしてる?!!!」









 司君は首を横に振って、笑いながら自分の涙を拭った。







「ち、違うよ、ゴメンなさい!…そうじゃなくて!」






 彼は少し真剣な表情に戻り、微笑みながら私の耳に顔を近づけた。










 そして、私以外の人に聞こえない様に、そっと囁いた。










「すっごく可愛いなって、思っただけです」


















 ……可愛い…。
















 ………。

















 ………耳元で男の子に、そんな事言われたの、初めて。
















 …考えてみると。
















 …司君、1学年とはいえ年下、なんだよね…?
















 …信じられない攻撃力…。










「……」












「あ。ほら、もうすぐ先生に会えますよ!」

 私はそう言われ、慌てて我に返って前を見た。



 あと15人。それくらい待てば、神原先生と話せる。

 先生は相変わらず、美しい女性だった。

 艶やかでウエーブのかかった栗毛色の長い髪、透き通る様な白い肌。

 神秘的で妖艶。美魔女とは、先生の事を言うのだろう。

 私の神原彩架月ファン歴は6年に及び、4年前の握手会から毎年参加している。

 先生は年に一度のペースで新刊を出しており、そのたびに握手会が開催されていた。

 『霽月の輝く庭』シリーズはついに今回発売された21巻で完結してしまい、先生によると今後このシリーズにまつわる外伝などを出す予定は一切無いという。

 ファンの間では、もっとあの作品の世界観に触れていたかったという叫びや嘆きが飛び交っていおり、私も当然同じ気持ちである。

 発売された最終巻は当然、保存用と自分で読む用を購入済で、余韻が残るラストは感動のあまり涙と鼻水が止まらず、しゃくり上げながら何度も何度も、読み返した。

「あと10人くらいですね。僕は沙織さんの後ろに並びます」

「あ、うん。楽しみだね!」

「…そうですね」


 …?

 …一瞬、間があった…?


「ずっと気になっていたんですけど…」


「…?うん」

 司君は私に聞いてきた。

「沙織さんは『霽月の輝く庭』がそんなに好きなのに、どうして今までの20冊を自分で持っていないんですか?いつも図書室に1冊ずつ借りに来ているけど、あれ、何度も繰り返してますよね?」

 私は頷いた。最後まで読むと、また最初から読みたくなってしまうのだ。

「実はね、実家にはあったの。だけどあの本は母の宝物だったから、父の仕事の都合で両親だけイタリアに行く事になった時、母が持って行ってしまったのよ」

「ええっ?」

 私は頷いた。

「毎月のお小遣いが少ない私は、『霽月の輝く庭』を読み返したければ図書館で借りるしか無かったというわけ」

「…そうだったんですか」

「だから私、『霽月の輝く庭』は、保存用と自分で読む用2冊ずつを毎月必ず買う事に決めているの!そのために今、アルバイトしてお金を貯めてる所」





 
 そんな話をしているうちに。

 ついに、神原彩架月先生の目の前に立ってしまった。

 私は、緊張のあまり震えながら保存用の本を先生に差し出し、握手を求めた。

「先生、ラストシーン…感動して私、何度も泣いてしまいました。本当に、ありがとうございました!お疲れ様でした!!」

 用意していた言葉は他にも沢山あったけれど、いつもの如く緊張のあまり、その半分も出て来ない。

 先生は私の目を見て優しく微笑み、しっかりと握手をしてくれた。

「毎年来てくれて本当に有難う。沙織さん、よね?憶えています」

「…!」

 名前を、憶えていて下さった!!

 感激!!!

 先生は慣れた様子でサインをしながら、私に尋ねた。

「一緒にいる男の子は、あなたの彼?素敵なカップルね」

「…!」

 私が言葉を詰まらせてしまうと、司君がすかさず背後から返事をした。

「はい!ありがとうございます。…元気?」


 …?!!


「元気よ。ご覧の通り」


 …?!!



 








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