いきなり図書館王子の彼女になりました
12月18日。
放課後の図書館。
「そこに座ってちょっと待ってて、沙織さん」
彼と私以外、図書館の中には人が誰も見当たら無い。私はカウンターの椅子に座るよう促され、大人しくそれに従った。
「『閉館』になってたけど、今日は図書館お休みなの?」
図書局の人でも無い私が、カウンターの椅子に座っちゃっていいのかな。いつも司君が見ている景色をキョロキョロと見回し、不思議な気持ちになってしまう。
ここからは、図書館の中が一望できる。
「うん、昨日と今日だけ閉館中。冬休み前は忙しくなるから、その前の蔵書整理で週末もずっとここで作業するんだ」
「忙しいんだね、司君」
「今は、ちょっとね。司書の岡田さんはいるけど、準備室でずっと新しい本にラミネートカバーを付けてる」
窓から差し込む冬の太陽の光が、明るくカウンターを照らしている。
「…そうなんだ」
正面には入り口。この椅子に座ると図書館の中全体が見渡せる。
「沙織さんも忙しいでしょう?今週土曜日と日曜日は、両方『未来志向』のアルバイトだし」
「うん、この時期はただでさえ『未来志向』が忙しいのに、最近人が辞めちゃって」
クリスマス前の土日だし、本当はどちらか1日だけでも司君とデートしたかったな。でも彼も忙しいみたいだし、今年は仕方無い。
「沙織さんに僕から、プレゼントがあります」
…………また敬語。
「プレゼント?」
…………変な司君。
「このノートで数学の勉強をしながら、待ってて貰えますか?」
司君は身長が伸びたせいで去年着ていた制服が小さくなってしまい、制服一式を最近新調した。
「…………ノート?」
新しい制服姿の司君は去年よりもぐんと大人っぽくなり、格好良過ぎてつい見とれてしまう。
「はい。沙織さんに差し上げます」
今の落ち着いた声色の彼に敬語を使われると、…トキメキが倍増してしまう。
「このノートは、僕が作りました」
でも、去年の中性的で可愛い司君にはもう会えなくなってしまったみたいで、ちょっとだけ複雑で寂しい気分。
「……?」
私は手渡されたノートを見て、驚いた。
『司直伝・数学ノート』
デジャブが襲って来る。
黒木君から何度か以前貰っていた、『黒木直伝・数学ノート』を急に思い出す。
…………これって、あのノートの…真似?
「…………司君、これ…」
私は顔を上げて彼に声をかけようとしたが、もう彼はどこにも見当たらない。
…………仕事に戻っちゃったのかな?
貰ったノートをパラパラとめくってみる。
高校二年生の間に勉強する数学の中で、私が最も苦手とする部分だけが問題化され、イラスト付きで丁寧に、わかりやすい解説を添えて作られている。
…すごい!
私は嬉しくなり、吹き出し付きイラストと解説を読んでから1問目を解いてみた。
…分かりやすいし、勉強していて楽しい!
「…解けましたか?1問目」
「……!」
10冊くらい積み上げた分厚い本を準備室に運んだ彼は、カウンターに座る私の側に来て隣の椅子に腰掛け、ノートを覗き込んだ。
…距離が近い。
…慣れているはずなのに。
「…うん、正解!良く出来ました」
彼はにっこり微笑み、私の頭をよしよしと優しく撫でた。
「ねえ、司君、これって…」
「そう。『黒木直伝・数学ノート』の真似です」
「…あのノートの事も知ってたの?!」
「はい。だって、『要注意リスト』ノートと一緒に置き忘れてありましたから」
「…どうして敬語を?」
「時間を戻したんです」
「…………?!!」
…今更だけど司君って、意味不明な所があってちょっと怖い!!
「今ここにいる僕は、去年の僕です。沙織さんも今だけ、去年の沙織さんに戻って下さい。そうすれば僕は高校二年生の数学を、あなたに教えてあげられるでしょう?」
「…………」
「去年の僕は、教えてあげられなかったから。学年が1つ下だし」
そんな風に思ってくれていたんだ。
「『黒木直伝・数学ノート』を開いて沙織さんは、黒木先輩に数学を教えて貰っていました」
「…」
「体を密着させながら、イチャイチャイチャイチャ…この僕の目の前で」
…イチャイチャイチャイチャ…?!
「この席から、よーく見えるでしょう?あのドア付近の席で」
彼はドアに一番近い席を指差した。
…そんな日、あった…?!!
「どうしても解らない問題があって、確かに黒木君に質問した事はあったけど…別にイチャイチャしてたわけじゃ…」
「あれを見た瞬間、思ったんです」
「…………」
「絶対に沙織さんを、黒木先輩から奪ってみせるって」
…………!
彼は私の後頭部を引き寄せ、しっかりと体を密着させながら、
「…1問目が解けたご褒美、あげます」
突然私の髪に、触れる様なキスをした。
「…沙織さんの笑顔が好き」
…………!!!
…………また、からかってる!!!
私の髪をぞくっとする仕草で優しく撫で、
「さあ、次の問題を解いて下さい。取り敢えず5問目まで!正解したら僕が好きな沙織さんのいい所を、1つずつ回答します」
取り敢えず…………?
「あの、司君…蔵書整理の仕事は…?」
「週末もあるし、今はちょっと休憩中。いいから、続きを解いて下さい」
2問目を解いた。
「はい、正解。良く出来ました」
彼は、私のおでこにキスをしてから、
「…とってもお人好しな所が、好き」
耳元でそっと囁いた。
………。
………本当に、わかってるの?司君。
「…ダメだよ、司君…」
「…何が?」
「…何がって、こういうのは学校じゃ…」
「大丈夫。次の問題を解いて下さい」
…………。
…………私が、思っている事。
3問目を解いた。
「正解です」
彼はさらに体を引き寄せ、
「…時々お姉さんぶる所が、好き」
私の頬に、キスをした。
…………。
…………あなたが知ったら、どう思うかな。
「…司君」
「何ですか?」
「…ドアの外から見えてる、この席」
閉まったドアの小さな窓から。
「大丈夫。この時間は、ほとんど誰も通りません。…続きを解いて下さい」
何だか彼は妙な迫力があり、
私が逃げる事を許さない。
4問目を解いた。
「…正解です」
彼は顔を近づけ、囁く様に
「…可愛い百面相が、好き」
私の耳たぶにキスをした。
……………。
……………だ。
「だ、ダメダメダメ駄目だよ司君、ここは学校……!誰が見ているかわからないし…!!」
「僕達は付き合っているんだから、誰に見られたって大丈夫です」
「そういう問題じゃなくて…!!」
「では5問目を解いて下さい。今日の所はこれで、終わりにしてあげます」
…何なの、司君のこの迫力…!!
絶対に5問目を解かないと、解放して貰えなさそう。
5問目を解いた。
「…………当たり」
彼は私の両頬に手を添え、
「僕を照らしてくれる沙織さん。…世界で一番大好きです」
唇に、大切な宝物に触れる様なキスをした。
「…………」
「……沙織さん……?」
頬を、熱い何かが零れ落ちた。
「………泣いてるの……?」
…………照らす…?
…………どういう事…?
「…………」
「…………どうして泣くの…?」
「…………」
彼はポケットから白いハンカチを取り出し、私の涙をそっと拭ってくれた。
「…………ごめんね、嫌だった?」
「…………ううん」
…………その逆。
「…………嫌じゃない」
…………もっとして、って
「…………?」
…………思ってしまって。
…………自分でもびっくりして。
「…本当にごめんね。あと少しだけ待ってて、沙織さん」
彼は少し後悔した表情をしながら立ち上がって私に手を振り、仕事に戻って行ってしまった。
放課後の図書館。
「そこに座ってちょっと待ってて、沙織さん」
彼と私以外、図書館の中には人が誰も見当たら無い。私はカウンターの椅子に座るよう促され、大人しくそれに従った。
「『閉館』になってたけど、今日は図書館お休みなの?」
図書局の人でも無い私が、カウンターの椅子に座っちゃっていいのかな。いつも司君が見ている景色をキョロキョロと見回し、不思議な気持ちになってしまう。
ここからは、図書館の中が一望できる。
「うん、昨日と今日だけ閉館中。冬休み前は忙しくなるから、その前の蔵書整理で週末もずっとここで作業するんだ」
「忙しいんだね、司君」
「今は、ちょっとね。司書の岡田さんはいるけど、準備室でずっと新しい本にラミネートカバーを付けてる」
窓から差し込む冬の太陽の光が、明るくカウンターを照らしている。
「…そうなんだ」
正面には入り口。この椅子に座ると図書館の中全体が見渡せる。
「沙織さんも忙しいでしょう?今週土曜日と日曜日は、両方『未来志向』のアルバイトだし」
「うん、この時期はただでさえ『未来志向』が忙しいのに、最近人が辞めちゃって」
クリスマス前の土日だし、本当はどちらか1日だけでも司君とデートしたかったな。でも彼も忙しいみたいだし、今年は仕方無い。
「沙織さんに僕から、プレゼントがあります」
…………また敬語。
「プレゼント?」
…………変な司君。
「このノートで数学の勉強をしながら、待ってて貰えますか?」
司君は身長が伸びたせいで去年着ていた制服が小さくなってしまい、制服一式を最近新調した。
「…………ノート?」
新しい制服姿の司君は去年よりもぐんと大人っぽくなり、格好良過ぎてつい見とれてしまう。
「はい。沙織さんに差し上げます」
今の落ち着いた声色の彼に敬語を使われると、…トキメキが倍増してしまう。
「このノートは、僕が作りました」
でも、去年の中性的で可愛い司君にはもう会えなくなってしまったみたいで、ちょっとだけ複雑で寂しい気分。
「……?」
私は手渡されたノートを見て、驚いた。
『司直伝・数学ノート』
デジャブが襲って来る。
黒木君から何度か以前貰っていた、『黒木直伝・数学ノート』を急に思い出す。
…………これって、あのノートの…真似?
「…………司君、これ…」
私は顔を上げて彼に声をかけようとしたが、もう彼はどこにも見当たらない。
…………仕事に戻っちゃったのかな?
貰ったノートをパラパラとめくってみる。
高校二年生の間に勉強する数学の中で、私が最も苦手とする部分だけが問題化され、イラスト付きで丁寧に、わかりやすい解説を添えて作られている。
…すごい!
私は嬉しくなり、吹き出し付きイラストと解説を読んでから1問目を解いてみた。
…分かりやすいし、勉強していて楽しい!
「…解けましたか?1問目」
「……!」
10冊くらい積み上げた分厚い本を準備室に運んだ彼は、カウンターに座る私の側に来て隣の椅子に腰掛け、ノートを覗き込んだ。
…距離が近い。
…慣れているはずなのに。
「…うん、正解!良く出来ました」
彼はにっこり微笑み、私の頭をよしよしと優しく撫でた。
「ねえ、司君、これって…」
「そう。『黒木直伝・数学ノート』の真似です」
「…あのノートの事も知ってたの?!」
「はい。だって、『要注意リスト』ノートと一緒に置き忘れてありましたから」
「…どうして敬語を?」
「時間を戻したんです」
「…………?!!」
…今更だけど司君って、意味不明な所があってちょっと怖い!!
「今ここにいる僕は、去年の僕です。沙織さんも今だけ、去年の沙織さんに戻って下さい。そうすれば僕は高校二年生の数学を、あなたに教えてあげられるでしょう?」
「…………」
「去年の僕は、教えてあげられなかったから。学年が1つ下だし」
そんな風に思ってくれていたんだ。
「『黒木直伝・数学ノート』を開いて沙織さんは、黒木先輩に数学を教えて貰っていました」
「…」
「体を密着させながら、イチャイチャイチャイチャ…この僕の目の前で」
…イチャイチャイチャイチャ…?!
「この席から、よーく見えるでしょう?あのドア付近の席で」
彼はドアに一番近い席を指差した。
…そんな日、あった…?!!
「どうしても解らない問題があって、確かに黒木君に質問した事はあったけど…別にイチャイチャしてたわけじゃ…」
「あれを見た瞬間、思ったんです」
「…………」
「絶対に沙織さんを、黒木先輩から奪ってみせるって」
…………!
彼は私の後頭部を引き寄せ、しっかりと体を密着させながら、
「…1問目が解けたご褒美、あげます」
突然私の髪に、触れる様なキスをした。
「…沙織さんの笑顔が好き」
…………!!!
…………また、からかってる!!!
私の髪をぞくっとする仕草で優しく撫で、
「さあ、次の問題を解いて下さい。取り敢えず5問目まで!正解したら僕が好きな沙織さんのいい所を、1つずつ回答します」
取り敢えず…………?
「あの、司君…蔵書整理の仕事は…?」
「週末もあるし、今はちょっと休憩中。いいから、続きを解いて下さい」
2問目を解いた。
「はい、正解。良く出来ました」
彼は、私のおでこにキスをしてから、
「…とってもお人好しな所が、好き」
耳元でそっと囁いた。
………。
………本当に、わかってるの?司君。
「…ダメだよ、司君…」
「…何が?」
「…何がって、こういうのは学校じゃ…」
「大丈夫。次の問題を解いて下さい」
…………。
…………私が、思っている事。
3問目を解いた。
「正解です」
彼はさらに体を引き寄せ、
「…時々お姉さんぶる所が、好き」
私の頬に、キスをした。
…………。
…………あなたが知ったら、どう思うかな。
「…司君」
「何ですか?」
「…ドアの外から見えてる、この席」
閉まったドアの小さな窓から。
「大丈夫。この時間は、ほとんど誰も通りません。…続きを解いて下さい」
何だか彼は妙な迫力があり、
私が逃げる事を許さない。
4問目を解いた。
「…正解です」
彼は顔を近づけ、囁く様に
「…可愛い百面相が、好き」
私の耳たぶにキスをした。
……………。
……………だ。
「だ、ダメダメダメ駄目だよ司君、ここは学校……!誰が見ているかわからないし…!!」
「僕達は付き合っているんだから、誰に見られたって大丈夫です」
「そういう問題じゃなくて…!!」
「では5問目を解いて下さい。今日の所はこれで、終わりにしてあげます」
…何なの、司君のこの迫力…!!
絶対に5問目を解かないと、解放して貰えなさそう。
5問目を解いた。
「…………当たり」
彼は私の両頬に手を添え、
「僕を照らしてくれる沙織さん。…世界で一番大好きです」
唇に、大切な宝物に触れる様なキスをした。
「…………」
「……沙織さん……?」
頬を、熱い何かが零れ落ちた。
「………泣いてるの……?」
…………照らす…?
…………どういう事…?
「…………」
「…………どうして泣くの…?」
「…………」
彼はポケットから白いハンカチを取り出し、私の涙をそっと拭ってくれた。
「…………ごめんね、嫌だった?」
「…………ううん」
…………その逆。
「…………嫌じゃない」
…………もっとして、って
「…………?」
…………思ってしまって。
…………自分でもびっくりして。
「…本当にごめんね。あと少しだけ待ってて、沙織さん」
彼は少し後悔した表情をしながら立ち上がって私に手を振り、仕事に戻って行ってしまった。