いきなり図書館王子の彼女になりました
「どうして胡桃と二人でいたの?司君」

 …どうしても、これ以上は言葉にならない。

 この、クリスマスの楽しい雰囲気で満ち溢れた『未来志向』のカウンターに座っていると。

「…………」

 あの真っ暗で恐ろしい、嫉妬に狂った気持ちを今、全て司君に吐き出してしまうのは…とても無理。

「『未来志向』じゃなくて、二人で『ランタン』に入っていったのも、…気になるし」

 司君は手にしていたコーヒーを皿に置き、真っ直ぐに私の方に向き直った。

「ちゃんと説明するよ」

 私の目を見つめてから、

「…多分誤解させちゃったんだと思う」

 後悔した様な表情を見せ、彼は私の両手をそっと自分の両手で包み込んだ。

「だけど、…僕一人の口から説明しない方がいいのかも」

「…………」

 彼は立ち上がった。

「家に帰って、胡桃さんと3人で話そう」

















 帰宅途中は、無言の状態が長く続いた。

 私は上手く想いを全部言葉にする事が出来なかったし、司君は土居君の演奏が終わってからずっと、何かを考え込んでいる様子だったから。

 一言だけ、彼は私に聞いてきた。

「沙織さんは、胡桃さんと僕が二人でいた理由を知りたいだけ…?」

「…………うん」

 でも、それだけじゃない。

 肩を抱いていた事。
 くっついていた事。

 あの時の二人の、
 近すぎる距離感。

 知りたい。
 聞き出したい。

 でも、言葉にしたく無い。


「…………それだけ」


 彼は、私の肩をそっと抱いた。

「…………そう」


 今までの私達には似合わず、それから家に着くまでの間、会話が全然生まれなかった。












 『シェアハウス深森』に司君と二人で帰宅すると、食事当番の燈子さんがテーブルの上にメモを残していた。

 『用があるので今夜は外出します。増田さんの様子を見てあげて』

 テーブルの上には3人分の夕飯が、ラップをした状態で残っている。これは高野さんと司君と私の分だから…胡桃はもう夕飯を食べたのだろうか…?


 …胡桃の様子…?


「司君、胡桃はもしかして具合が悪いの…?」

「…どうかな。沙織さん、胡桃さんの部屋のドアをちょっとノックしてみて」

 司君はテーブルの上のメモを見ながら、まだ何かを考え込んでいる様子。

「うん、分かった」

 一緒に二階に上がり、胡桃の部屋のドアを2回ノックする。

「…は~~い…」

 良かった、起きてるみたい。

 ドアが開き、部屋の中から顔を覗かせた胡桃を見て、私は仰天した。

「…………大丈夫?!胡桃…!!!」

 すごい目のクマ…!!!

「…………あれ~…?」

 胡桃は私の両頬に手を添えた。

「…?!!!!」

「……沙織が見える。う~ん…これは、どういう事~…?」

 どういう事かは、こっちが聞きたい!!

 胡桃は私の頬をずっと、ぺたぺたと触っている。

「…ちょ、ちょっと胡桃…?」

 …様子がすごく変!!

「…ヤバ~い、沙織の幻覚か~…?」
「本物だよ!!」

 ヤバいのはあなたよ!!!

 昨日、『ランタン』に入って行く姿は遠かったので良く分からなかったが、何日か姿を見ないうちに…痩せ細ってるし!!!

「ねえ、部屋に入ってもいい?胡桃」

「僕も入っていい?」

 司君がすかさず後ろから会話に入る。…こういう所はさすがと言うべきか。

「いいよ~!二人共、入って入って~!!」

 いつもと違う様子の胡桃は少しハイな状態になり、私達をカラフルで可愛い物が溢れ返っている部屋の中に迎え入れてくれた。

 …大丈夫かな?胡桃。

 一緒の家に住んでいるのというのに、『シェアハウス深森』でクリスマスパーティーをした日以来すれ違いが続き、一度も胡桃と話をしていなかった。

 私は『未来志向』のバイトに追われていたけれど、胡桃は演劇部の公演が間近に迫っていたからバイトのシフトをずっと入れていなかった。

 部屋の中央にある丸テーブルの上には、ボロボロになった台本が置かれている。

 表紙には『プリンセス・ラビリンス』と書かれている。

「その脚本、僕が書いたんだ」

 司君が緑色のハート型クッションの上に座りながら、テーブルの上に置かれた台本を指差した。

「え?!そうなの?!」

 私もフリルがついたピンクの可愛いハート型クッションに座りながら、テーブルの上にある台本を凝視した。

 これ、毎年やる演劇部の、クリスマス公演の脚本?!!!

 …どうして司君が?!!!!

「あ~!司くん!!沙織に喋っちゃ駄目じゃん!!!」

 胡桃は目がとろんとなりながら、司君にオレンジ色のハートクッションを勢い良くぶつけた。

 彼はぶつけられたクッションを拾い上げ、爽やかに笑った。

「ごめん胡桃さん。二人で『ランタン』に入るところを沙織さんに見られちゃったから、もう話してもいい?」

「ハア?!!!!」

 胡桃はいきなりあの怒りの形相に豹変し、彼の制服の襟首を掴み上げた。

「ゴルァ!!!…貴様!!!テメエから内緒にしろって頼んだんだろうガァ…!!!」

 胡桃は司君の頭をユサユサと揺すっている。

「コッチがどれだけ苦労して内緒にしてたと思ってんだコラ…!!!」

「ま、まあまあ胡桃!!!落ち着いて!!!」

 私は思わず、胡桃の手を司君から引き剥がした。

「…つまりね」
 
 司君は私に向かって、説明を始めた。

「演劇部が23日にやるクリスマス公演の脚本を書いてくれって、半年前に胡桃さんに頼まれたんだ」

「…半年前」

「…うん。沙織さんには僕が脚本を書いた事を、ずっと内緒にしてた」

「あ~もう、隠し通すの苦労した!」
 胡桃が会話に割り込んだ。

「いきなり舞台を見せて、驚かせたかったから」

「…………!」

「昨日は図書局の仕事の合間に演劇部に行って、打ち合わせしてたんだ」

「打ち合わせっていうより~…あれは台本の直しよ、これでもう3回目!!直前なのに一体何回台詞覚えればいいんだっつ~の!!」

 胡桃は司君に向かって、バーカバーカと叫んでいる。彼は一向にそれを気にしない様子で、続きを話し出した。

「ろくに食事も取らずにずっと無理ばかりしてた胡桃さんが、打ち合わせの最中にバッタリ倒れちゃって」

「…え?!!」

 ……やっぱり胡桃、具合が悪かったの…?だから司君、胡桃の肩を抱いて…。

「主役のプレッシャーで煮詰まってんのに台本直しば~っかりあって…時間無いし寝不足だし~…も~、司君のせいだ!!」
 
 胡桃は司君にまた、近くに落ちている水色のハート型クッションをぶつけた。

「胡桃さんは少し息抜きした方がいいと思って、昨日『ランタン』に誘ったんだ」

「…………そうだったの…」

「…沙織さんに脚本の事を内緒にしていたから、『未来志向』には行けなくて」

 ……やっぱり、こういう事だったんだ。誤解しちゃって、すごく恥ずかしい。

 打ち明けなくて良かった。
 あの暗くて嫌な気持ちを。

「ごめん」

 彼は私に、真剣な表情で頭を下げた。

「誤解させる様な事して…。沙織さんを不安にさせたね」

 私は安心し、やっと笑顔を見せる事が出来た。

「ううん。…私こそ聞いちゃってごめん。せっかく内緒にしてくれてたのに」

 私はオレンジのクッションに座りながら、今にも眠りそうになっている胡桃の手を取った。

「胡桃が大変だったのを全然、…知らなくてごめんね」

「ううん~、全然沙織と会えなかったし!『未来志向』今、大変なんでしょ~?バイトのシフト入れられなくてこっちこそごめんね~、沙織」

 私は首を横に振った。
 本当に、ホッとした!


「…見ていい?この台本」
 私が台本に手を伸ばそうとすると、


「「ダメ!!!!」」


 胡桃と司君は同時に叫び、テーブルの上の台本をぱっと隠した。






 やっぱり何だか、物凄い
 疎外感とヤキモチは続くけれど。


 私は心からの気持ちを、胡桃に伝えた。


「胡桃、舞台頑張ってね!すごく楽しみにしてる!」



 胡桃は私に向かって、力強く頷いた。



「うん!見ててね沙織~!絶対に成功させてみせるから!!」




 司君と目を見合わせ、私は笑った。





 


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