いきなり図書館王子の彼女になりました
12月22日。
学校がお休みだったため10時から18時まで『未来志向』で仕事をしていた私を、制服姿の司君が、裏口まで迎えに来てくれた。
「沙織さん、お疲れ様です」
彼は嬉しそうに笑って私と手を繋ぎ、指と指をそっと絡めた。
「迎えに来てくれてありがとう。…司君も図書局の仕事、お疲れ様!」
「今日で、やっと終わりました」
手のぬくもりを感じるほど、会えた嬉しさと幸せな気持ちで胸が一杯になる。
「…また敬語?」
懐かしい気持ちになるのは何故かと思ったら、彼が今日巻いている白いマフラーは去年、初めて会った日に彼が身に着けていたものだった。
『…寒そう…』
マフラーを巻いてくれた、あの時の記憶。
「敬語、懐かしい?」
『…これ、巻いてて下さい』
閃光の様に、ぱっと心に蘇ってくる。
「…うん。今はちょっと、新鮮」
…彼の笑顔を見ただけで、今はどうしようも無くぎゅっと、苦しいくらいに胸が締め付けられる。
「じゃあこれからも時々、使おうかな」
積もり積もった彼への私のこの想いは、一体どうなってしまうんだろう。
「…喧嘩してる時に使わないでね?」
他愛の無い話をしながらクリスマスイルミネーションを通り抜け、『シェアハウス深森』へと、二人で帰る。
「一年経ったね、僕達」
「そうだね。あっという間だった」
彼は嬉しそうに握り締めた私の手ごと、腕を大きく前後に振った。
「僕が経験した『初めて』は、沙織さんと一緒が多いんだよ?」
「…………初めて?」
「花見、温泉で卓球、海水浴、花火大会、ハロウィンとクリスマスパーティー…まだまだある」
「本当に?!!」
「うん」
彼は嬉しそうに微笑んだ。
「これからも『初めて』の経験を、沙織さんと一緒にしたいな」
…そんな風に想ってくれているなんて。
「うん。私で良ければ」
…いつか私も、あなたに伝えたい。
初めてのこの気持ちを、ありがとうって。
家に帰ると今日も燈子さんは外出、高野さんは仕事、胡桃は不規則な生活により、部屋で眠っている様だった。
「神原先生が昨日、お店に来てくれたの」
食事当番の胡桃が作り置いていた夕食のハヤシライスとサラダを二人で食べながら、先生の事を彼に話した。
「へえ、…初めてじゃない?」
「うん。会えて嬉しかった」
あ、しまった。
私は急に、先生から司君への伝言をお願いされていたのを思い出した。
「明日から一週間取材で海外に行くからその間ならいいわよ、って言ってた。司君にそれを伝えてって」
何が『いい』のか、私にはわからないけど。
「うん。分かった」
「うっかりしてて、伝えるのが遅くなってごめんね」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
二人で食事の後片付けを済ませた後は、普段通りを装って言葉少なくお休みを告げ、私は部屋へ入ろうとした。
こちらを見つめていた彼は部屋の前で急に、私の腕を掴んだ。
「沙織さん、…どうかした?」
少し心配そうな顔をして。
「…………ううん、どうもしないよ?」
彼は、私の正面に立った。
「何だか今日、いつもと違う。…何かあったなら、話して」
「…………」
言葉にならないよ、…こんな気持ち。
…司君の事が…好き過ぎる、なんて。
私は急に、彼の胸に飛び込んだ。
「……………!!」
彼の背中に、私はぎゅっと腕を回した。
「胡桃と司君が『ランタン』に入る時…二人の体がくっついてて」
彼は、息を飲んだ。
「すごく嫉妬した。叫び出したくなった。嫌だったし、泣きそうだった」
彼の心臓の音が、聞こえて来る。
「誤解だって分かって安心したけど…。もう、他の女の子とは密着しないで」
「司君の彼女は私だけ…だから」
「………」
言葉にして良かったのかな。
こんな真っ暗な気持ち。
「…こっち見て、沙織さん」
……………怖い。
「…ちょっと今、…無理…」
苦しい。
彼は両手で私の顔を上に向かせ、
「…………!」
一度だけ強く、私の唇に
自分の唇を重ね合わせた。
目と目が合う。
「嫉妬してくれて嬉しい。…もうしないよ、他の女の子と密着」
彼は不思議な表情を見せていた。
「密着は、沙織さんとだけ」
まるで、
『心配いらないよ』って、
言ってくれているみたい。
「…………うん」
「今夜ずっと、一緒にいたいけど」
「…………」
「今、沙織さんの部屋に入っちゃうと…」
彼の視線が、
「…キスの続きを、止められなくなって」
私を真剣に、熱く見つめた。
「燈子さんの掟、破っちゃいそう」
何も問題ないよ。
大丈夫だから。
彼はそう、優しく私に
表情で、語りかけてくれている。
「お休み、沙織さん」
司君、
何だか年上の男の人みたい。
「…………お休みなさい」
私、今初めて
思いっきり司君に、甘えた気がした。
彼は小さく手を振って笑い、
自分の部屋へと入って行った。
12月23日。
自分が持っている中で一番上等な緑色のタートルネック・ロングワンピース、白のウールコートと薔薇モチーフのイヤリングを身に着ける。
鏡の前で身だしなみを何度も何度もチェックしてから部屋の外へ。
すると、同じタイミングで部屋から出て来た司君と、バッタリ遭遇した。
彼はダークグリーンのコートに紺色のセーター、ブラックのスラックスというスタイルで、いつもよりさらに大人っぽくて格好良く見えた。
「おはよ、沙織さん!」
「おはよう。今日はよろしくね」
「………」
「…………どうしたの?」
「…………可愛い…!」
彼はにっこり笑って私の頭を優しく撫で、
「じゃ行こっか!」
手を繋いで、歩き出した。
演劇部の公演は学校では無く、大きな市の文化ホールで行われる。司君と私は受付を済ませ、前から10列目の中央の席に並んで座り、開演を待った。
アナウンスが流れ、音楽と共に幕が上がる。
『プリンセス・ラビリンス』
美しい紫色のオーガンジードレスを着た胡桃がただ一人、舞台の中央に姿を現す。
「私、どうしたらいいのでしょう!お父様!」
胡桃が客席に向かって、言葉を投げかけた。
客席から拍手が沸き起こる。
胡桃のファンからの応援だ。
『何がわからないのだ。プリンセス・ラビリンス』
太陽の国の王である父親の声が、アナウンスによって会場に響き渡る。
「3人の王子から、同時に求婚されました~!」
スポットライトが、スクリーン上の3人の男に当たる。
・星の国の戦士、音星王子
・月の国の賢者、明時王子
・大地の国の魔法使い、心宿王子
『良かったでは無いか』
「良くありません!」
『お前の目でただ一人の伴侶を選べばいい。簡単な事だ』
「どうやって選ぶの?」
ラビリンス姫役の胡桃は、悲しそうに首を横に振った。
『3人の王子に試練を与え、お前の心を射止めたものに、結婚を許そう』
「…試練?」
『ラビリンスだ』
明るくて楽しい音楽が鳴り響く。
王子役の3人と、ラビリンス姫役・胡桃の、軽快なダンスシーンが始まる。
…これ、ミュージカルだったの…?!!
…プロ顔負けの、クオリティーの高さ…!!
…さすがは七曜学園・演劇部!!
照明や演出や舞台衣装などはもちろん、冒頭部から主演の胡桃を初め、3人の王子達の演技力や引き込まれる内容のストーリーから、目が離せなくなってしまう。
胡桃、すごく頑張ってる…!!
司君の脚本も、とっても素敵!!
この舞台…面白い!!!
学校がお休みだったため10時から18時まで『未来志向』で仕事をしていた私を、制服姿の司君が、裏口まで迎えに来てくれた。
「沙織さん、お疲れ様です」
彼は嬉しそうに笑って私と手を繋ぎ、指と指をそっと絡めた。
「迎えに来てくれてありがとう。…司君も図書局の仕事、お疲れ様!」
「今日で、やっと終わりました」
手のぬくもりを感じるほど、会えた嬉しさと幸せな気持ちで胸が一杯になる。
「…また敬語?」
懐かしい気持ちになるのは何故かと思ったら、彼が今日巻いている白いマフラーは去年、初めて会った日に彼が身に着けていたものだった。
『…寒そう…』
マフラーを巻いてくれた、あの時の記憶。
「敬語、懐かしい?」
『…これ、巻いてて下さい』
閃光の様に、ぱっと心に蘇ってくる。
「…うん。今はちょっと、新鮮」
…彼の笑顔を見ただけで、今はどうしようも無くぎゅっと、苦しいくらいに胸が締め付けられる。
「じゃあこれからも時々、使おうかな」
積もり積もった彼への私のこの想いは、一体どうなってしまうんだろう。
「…喧嘩してる時に使わないでね?」
他愛の無い話をしながらクリスマスイルミネーションを通り抜け、『シェアハウス深森』へと、二人で帰る。
「一年経ったね、僕達」
「そうだね。あっという間だった」
彼は嬉しそうに握り締めた私の手ごと、腕を大きく前後に振った。
「僕が経験した『初めて』は、沙織さんと一緒が多いんだよ?」
「…………初めて?」
「花見、温泉で卓球、海水浴、花火大会、ハロウィンとクリスマスパーティー…まだまだある」
「本当に?!!」
「うん」
彼は嬉しそうに微笑んだ。
「これからも『初めて』の経験を、沙織さんと一緒にしたいな」
…そんな風に想ってくれているなんて。
「うん。私で良ければ」
…いつか私も、あなたに伝えたい。
初めてのこの気持ちを、ありがとうって。
家に帰ると今日も燈子さんは外出、高野さんは仕事、胡桃は不規則な生活により、部屋で眠っている様だった。
「神原先生が昨日、お店に来てくれたの」
食事当番の胡桃が作り置いていた夕食のハヤシライスとサラダを二人で食べながら、先生の事を彼に話した。
「へえ、…初めてじゃない?」
「うん。会えて嬉しかった」
あ、しまった。
私は急に、先生から司君への伝言をお願いされていたのを思い出した。
「明日から一週間取材で海外に行くからその間ならいいわよ、って言ってた。司君にそれを伝えてって」
何が『いい』のか、私にはわからないけど。
「うん。分かった」
「うっかりしてて、伝えるのが遅くなってごめんね」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
二人で食事の後片付けを済ませた後は、普段通りを装って言葉少なくお休みを告げ、私は部屋へ入ろうとした。
こちらを見つめていた彼は部屋の前で急に、私の腕を掴んだ。
「沙織さん、…どうかした?」
少し心配そうな顔をして。
「…………ううん、どうもしないよ?」
彼は、私の正面に立った。
「何だか今日、いつもと違う。…何かあったなら、話して」
「…………」
言葉にならないよ、…こんな気持ち。
…司君の事が…好き過ぎる、なんて。
私は急に、彼の胸に飛び込んだ。
「……………!!」
彼の背中に、私はぎゅっと腕を回した。
「胡桃と司君が『ランタン』に入る時…二人の体がくっついてて」
彼は、息を飲んだ。
「すごく嫉妬した。叫び出したくなった。嫌だったし、泣きそうだった」
彼の心臓の音が、聞こえて来る。
「誤解だって分かって安心したけど…。もう、他の女の子とは密着しないで」
「司君の彼女は私だけ…だから」
「………」
言葉にして良かったのかな。
こんな真っ暗な気持ち。
「…こっち見て、沙織さん」
……………怖い。
「…ちょっと今、…無理…」
苦しい。
彼は両手で私の顔を上に向かせ、
「…………!」
一度だけ強く、私の唇に
自分の唇を重ね合わせた。
目と目が合う。
「嫉妬してくれて嬉しい。…もうしないよ、他の女の子と密着」
彼は不思議な表情を見せていた。
「密着は、沙織さんとだけ」
まるで、
『心配いらないよ』って、
言ってくれているみたい。
「…………うん」
「今夜ずっと、一緒にいたいけど」
「…………」
「今、沙織さんの部屋に入っちゃうと…」
彼の視線が、
「…キスの続きを、止められなくなって」
私を真剣に、熱く見つめた。
「燈子さんの掟、破っちゃいそう」
何も問題ないよ。
大丈夫だから。
彼はそう、優しく私に
表情で、語りかけてくれている。
「お休み、沙織さん」
司君、
何だか年上の男の人みたい。
「…………お休みなさい」
私、今初めて
思いっきり司君に、甘えた気がした。
彼は小さく手を振って笑い、
自分の部屋へと入って行った。
12月23日。
自分が持っている中で一番上等な緑色のタートルネック・ロングワンピース、白のウールコートと薔薇モチーフのイヤリングを身に着ける。
鏡の前で身だしなみを何度も何度もチェックしてから部屋の外へ。
すると、同じタイミングで部屋から出て来た司君と、バッタリ遭遇した。
彼はダークグリーンのコートに紺色のセーター、ブラックのスラックスというスタイルで、いつもよりさらに大人っぽくて格好良く見えた。
「おはよ、沙織さん!」
「おはよう。今日はよろしくね」
「………」
「…………どうしたの?」
「…………可愛い…!」
彼はにっこり笑って私の頭を優しく撫で、
「じゃ行こっか!」
手を繋いで、歩き出した。
演劇部の公演は学校では無く、大きな市の文化ホールで行われる。司君と私は受付を済ませ、前から10列目の中央の席に並んで座り、開演を待った。
アナウンスが流れ、音楽と共に幕が上がる。
『プリンセス・ラビリンス』
美しい紫色のオーガンジードレスを着た胡桃がただ一人、舞台の中央に姿を現す。
「私、どうしたらいいのでしょう!お父様!」
胡桃が客席に向かって、言葉を投げかけた。
客席から拍手が沸き起こる。
胡桃のファンからの応援だ。
『何がわからないのだ。プリンセス・ラビリンス』
太陽の国の王である父親の声が、アナウンスによって会場に響き渡る。
「3人の王子から、同時に求婚されました~!」
スポットライトが、スクリーン上の3人の男に当たる。
・星の国の戦士、音星王子
・月の国の賢者、明時王子
・大地の国の魔法使い、心宿王子
『良かったでは無いか』
「良くありません!」
『お前の目でただ一人の伴侶を選べばいい。簡単な事だ』
「どうやって選ぶの?」
ラビリンス姫役の胡桃は、悲しそうに首を横に振った。
『3人の王子に試練を与え、お前の心を射止めたものに、結婚を許そう』
「…試練?」
『ラビリンスだ』
明るくて楽しい音楽が鳴り響く。
王子役の3人と、ラビリンス姫役・胡桃の、軽快なダンスシーンが始まる。
…これ、ミュージカルだったの…?!!
…プロ顔負けの、クオリティーの高さ…!!
…さすがは七曜学園・演劇部!!
照明や演出や舞台衣装などはもちろん、冒頭部から主演の胡桃を初め、3人の王子達の演技力や引き込まれる内容のストーリーから、目が離せなくなってしまう。
胡桃、すごく頑張ってる…!!
司君の脚本も、とっても素敵!!
この舞台…面白い!!!