いきなり図書館王子の彼女になりました
 12月24日・クリスマスイブ。

 私は司君の前から
 逃げ出してしまった。

 夕方16時半。
 私は神原先生邸の、迷路になった刈り込みの庭の中で1時間以上、迷子になってしまっている!!

 …どうしよう!!
 もうすぐ日が暮れちゃう!!!


 朝11時に、『シェアハウス深森』に迎えに来た運転手付きの高級リムジン車に、生まれて初めて乗せられた時までは、まだ私は大丈夫だった。

「許可を取ってあるんだ。橙子さんの」

 車の中で司君に急接近され、意味深な微笑みを浮かべた彼に、ある言葉を言われるまでは。

「…許可?」

 私の耳元に顔を寄せ、彼はそっと囁いた。

「お・と・ま・り」

「…………」

 ん?…ああ、おとまりね。



 …って、お泊りの事?!!!!



「安心して、沙織さん。彩月は海外にいるし、誰も僕達の邪魔したりしないから」

 ………………………!

 広々とした神原邸のダイニングルームに案内された時もまだ、私の心臓はかろうじて大丈夫だった。

「クリスマスだから。好きな物だけ食べてね」

 テーブル上にはローストチキン、7種類の本物のフルーツの形に似せた可愛いケーキと7種類のチョコレート。カラフルなフルーツ、卵料理にワッフルなどなど。

「今日の白いワンピース、とても似合うね。沙織さん」

 サラッと褒められるだけで、
 カッと顔が熱くなる。

「ありがとう…司君もかっこいいよ。そのダークグリーンのセーター」

「クリスマスだから緑にしてみました」
「また敬語」

 2人だけの、超豪華ランチ。

「沙織さんに案内したい場所が、たくさんあるんだ!」

 私がランチを食べている間中、嬉しそうにこちらの様子を眺めていた彼は、

「…………幸せだね。沙織さん」

 と、見た事の無いくらい美しい、
 最高級の微笑みを、見せてくれた。


「…………!!!」


 眩しすぎて、まともに直視できない。

「…そう、だね……本当に…」

「…………?」

 このあたりから、私の心臓はおかしくなり始めた。

 ランチの後、10万冊は蔵書があるのでは無いかと思われる『神原邸ライブラリールーム』で、事件は起こった。

 私はこの部屋の蔵書の数と素晴らしい内容に心底感動してしまい、興奮しながらしばらくの間、夢中で書架の間を探検したり、気になる本を取り出してパラパラと中を見せてもらっていた。

 その時。

 いきなり背後から司君に突然、きつく抱きしめられてしまった。




「…………!!!」




「…………沙織さん、寂しいよ」




 …………?!!!




「何だか今日…僕の事少し避けてない?」




「…………避けてない」




 意識し過ぎて、逃げ出したいだけ…。




 彼は、私をくるっと自分の方に向かせ、
 いきなり私の唇に、
 とろける様に甘い、キスをした。



 …………!!!!




「…避けてないなら、僕の目を見て」




 書架と彼の間に挟まれて、もう身動きが取れない。


 もう一度、


 私の髪に、指をからめながら
 甘い、甘いキスをされた。

 
 …………あ。


 …………もう本当にダメ。


「教えて、沙織さん。…どうして僕を避けてるの?」


「……避けてるんじゃなくて……」



「…………じゃあどうして…?」



「……逃げ出したいの…もう…」



「……沙織さん」


 あまりにも恥ずかしくて
 顔をまともに見られたくない。



「司君の事が………好き過ぎて」



 私は司君の首に腕を回し、
 自分から突然、
 彼の唇を奪った。



「…………!」



 私は彼の腕を振りほどき、



「司君」

 ポケットの中に用意していた
 クリスマスプレゼントを、



「これあげる!!」
 強引に彼の胸に押し付けた。



 そして、何歩か後ずさりをし、

「…………さおりさ」
「ちょっと外、一人で探検させて!!!」

 猛ダッシュで神原邸の外へと、飛び出してしまった!!!






 そして現在。

 どんどん、どんどん、刈込の庭の迷路の奥へ。

 この場所は真っ暗闇でとても寒い。コートも家の中に置いてきてしまったし。

「…沙織さん!」

 司君の声。

 彼が大きく息を切らせながら、私の側まで走り寄って来てくれた。
 
「…………どうして逃げるの?」

と言って、持って来てくれた白いウールコートを私に羽織らせ、




「…絶対、逃がさない」




 彼は震える声で、私をきつく抱きしめた。







「…………」









 そして私の唇に、
 彼は自分の唇を強く押し付けた。













「……ずっと会いたかった…」










 今までの、
 ふざけた様な
 優しいキスとは全然違う。











「…待ってたんだ…」












 彼の激しさが伝わって来る、
 深く、深く、混ざり合うキス。













「…今の沙織さんを…」













 何度も、何度も
 その強いキスは繰り返された。












「…今の、私…………?」











 彼は頷いた。










「…見て」









「…………」








 首から下げたシルバーの懐中時計を
 彼は私に見せてくれた。







「輝いてる。これ」







 私がさっきあげた
 クリスマスプレゼント。







「月や星の光が無くたって」







 紫水晶のライトストーンが
 暗闇の中、キラキラと






 

「僕は沙織さんを、きっと照らせる」








 
 静かに、輝きを放っている。








「沙織さんがずっと今まで、僕を照らしてくれたから」








 彼は私の体を、ぎゅっと抱きしめた。









「僕が迷宮の時は、沙織さんが光」









「…………!」








「沙織さんが迷宮の時は、僕が光」










「…………じゃあ、2人とも迷宮の時は?」









 彼はちょっと考えてから








「『禁断の書』を一緒に作る。迷宮の中で!」

 にっこり笑って、こう答えた。








 柑橘系の、あの香りがする。

「僕達、絶対にお互い逃げられないんだ」







 大好きな司君の、あの香り。







 彼は私の耳元で、くすぐる様な声で囁いた。














「『禁断の書』の中身を知るのは、僕達だけだからね」






 その瞬間。






 刈込された迷路の植栽が
 突然キラキラと、明るく、
 美しくライトアップされた。







「…………綺麗」







「…………やっと点いたね?」








 彼は私を抱き上げると、
 迷路の中を
 くるくると回り出した。








「ずっと僕と一緒にいてね、沙織さん!」










 たとえ世界の終わりが来ても
 司君と一緒なら生きていける。










 今、心からそう思った。











「うん!」















 よろしくね、司君。





















「…………ところで、今日のお泊りの事だけど」



「…………?」



「一応、沙織さんの部屋を準備してるんだ」




「…………一応?」




「…僕達、物語を一緒に、これから作らなきゃならないし」





「…………うん?」






「…………今晩、添い寝しながら」

「駄目」










「…………やっぱり駄目?添い寝」

「…………駄目だよ」














「…………絶対何もしなくても?」

















「…………もう私が無理」












「…………?」




















 私は彼の目の奥を見た。

























「…………私が限界。添い寝なんかされたら」





















 私は彼の首に腕を回すと、
 ありったけの想いを込めて
 彼の唇にキスをした。











 
「好き過ぎて、私が何かしちゃいそう」

















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