いきなり図書館王子の彼女になりました
鍵を開けて玄関から中に入ると、アメリカンショートヘアーのクールがちょこちょこ走って来て、私を出迎えてくれた。
「んニャー…」
「ただいま、クール」
私は猫のクールと目が合うとほっとして、彼の頭を静かに撫でた。
クールはゴロゴロと喉を鳴らし、嬉しそうに私にすり寄ってくる。
リビングの方から話し声が聞こえてきた。
「あ、やっと帰って来た!」
胡桃の声だ。
まだ私は、先ほどの余韻で心と体がフワフワしていた。
靴を脱いで玄関に上がり、共用の靴箱の中にある『有沢』と書いてある所定の位置に自分の靴を入れ、リビングのドアを開ける。
暖かい空気が、全身を包み込む。
部屋中に広がるトマトパスタの香りが、鼻から肺に流れ込む。
「お帰り、沙織!ちょうど良かったね。今高野さんがパスタ茹でてくれた所だよ~」
「お帰り」
燈子さんもリビングの奥から、声をかけてくれる。
「ただいま!」
ああ、ようやくホームだ。現実だ。
思わず安心してしまう…。
キッチンでサラダを作っている胡桃から、声がかかる。
「沙織、パスタが冷めちゃうから手を洗って運ぶの手伝って~!」
「うん!ちょっと待ってて」
私は共用の洗面所で手を洗い、二階にある自室にコートを置きに行ってからキッチンへと戻った。
「お帰り!」
キッチンから出て来た赤いエプロン姿の高野さんから、声がかかる。
「ただいま高野さん。…いい香りですね」
私はキッチンカウンターから1人前ずつパスタを受け取り、長方形のダイニングテーブルへと運んだ。
「「「「いただきます!」」」」
高野さんが作ってくれたトマトパスタ、コーンスープが湯気を立てている。
サラダも美味しそう!
いい香り…!
そういえば、今日はお昼ご飯を抜いてしまっていた。温かい食事を目の前にした今、ようやくお腹が空いていたことに気づく。
『シェアハウス深森』の皆様に心から、感謝。
「晩御飯の時に4人揃うのって、久しぶりだね」
私がそう言うと、胡桃は頷いた。
「みんな生活習慣がバラバラだからね~」
燈子さんは老眼鏡を外して胸元のポケットにしまいながら、急に思い出した様に、
「そういえば明日から一人、住人が増えるわ」
と言った。
みんなはギョッとして、燈子さんに注目した。
「どんな人?」
サラダを取りながら高野さんが尋ねると、燈子さんは、
「…来てからのお楽しみ」
と素っ気なく言い、パスタを口に運んだ。
新しい住人が、明日やって来る?!
どんな人だろう、楽しみだな!
「まさかまた、大型爬虫類を飼う大学教授とかじゃ無いでしょうね」
高野さんはスープを飲みながら、怖い瞬間を思い出した様な表情でこう言った。
「…爬虫類が、ほほにふんでいはんですか~?」
胡桃が口の中でパスタを咀嚼しながら高野さんに聞いた。
「…飲み込んでから喋りなよ」
私は思わず胡桃にツッコミを入れてしまう。
高野さんは頷き、
「去年、増田さんと有沢さんが来る少し前まで住んでたよ?堀之内先生と巨大イグアナのミドリちゃん」
少し笑いながら、続けた。
「今増田さんが使っている部屋にいたんだ」
「ええっ?!!うそマジで?!!超いやだぁ~~」
胡桃はフォークを取り落とし、絶叫した。
「うそ」
「…なんだ、良かった~。高野さんのバ~カ」
高野さんはバカと言われても一向に構わない様子で続けた。
「今俺が使ってる1階の角部屋にいたんだ。俺、君達が引っ越して来る少し前に燈子さんと相談して部屋を変えたの。友達同士、隣り合わせで2階を使った方が楽しいでしょ?」
胡桃はコロリと態度を変えた。
「わあ、高野さん優し~い…。バカって言っちゃってごめんなさ~い」
「…」
「イグアナ…」
私はぞっとして身震いした。
今までの人生の中で、爬虫類と関わった事は一度も無い。そのため苦手意識が強く、見た目のインパクトに恐れおののいてしまう。
「ミドリちゃん、最初は小さくて可愛かったんだけど。成長してどんどん大きくなっちゃって、最後は2メートル」
胡桃と私は、顔を見合わせた。
「2メートル…!」
「当然、部屋は狭いからミドリちゃん、すごくストレス溜まっちゃって。先生の部屋からいつの間にか抜け出すんだ。で、リビングとかの共有スペースに突然!!現れる」
「……ミドリちゃん…」
怖いよ、ミドリちゃん。
「面白かったわよね?」
このシェアハウスのオーナーである65歳の深森燈子さんは、面白い物事をいつもいつも、全力で探し続けている。彼女は人生経験が大変豊富なため、怖い物があまり無いらしい。
「…全っ然、面白くなかったです。堀之内先生がミドリちゃんと一緒にベネズエラに行ってしまわれて正直俺は、心底ホッとしました」
高野さんは胸に手を当て、深呼吸した。
「高野さんって、一体いつからここに住んでいるんですか~?」
「離婚してすぐにね…3年前くらいから。当時ここに住んでいた面白い人たちの話は、沢山してあげられるよ」
謎多きイケメンであり、カフェ『未来志向』のマスターである高野連さんは、35歳のバツイチ。この4人の中で料理が一番上手で、とても頼りになる存在だ。
「同居人と相性が合うかどうかは、一緒に住んでみないとわかりませんよね」
胡桃は部屋の隅で食事をしている猫のクールと目が合い、
「動物だったらこの家にはもう、クールがいるしね~!」
と言って彼に、ウインクをした。
高校入学時から仲良くなった同い年の増田胡桃は、そのギャルっぽい外見からは想像できないほど大人びた性格で、私よりも人生経験が豊富で達観している。
私はスマートかつ型破りな考えを持つ胡桃をいつも頼りにしており、事あるごとについつい甘えてしまう。
そうだ。
胡桃に、水曜日の電話での会話について早く、聞かなくちゃ。
「んニャー…」
「ただいま、クール」
私は猫のクールと目が合うとほっとして、彼の頭を静かに撫でた。
クールはゴロゴロと喉を鳴らし、嬉しそうに私にすり寄ってくる。
リビングの方から話し声が聞こえてきた。
「あ、やっと帰って来た!」
胡桃の声だ。
まだ私は、先ほどの余韻で心と体がフワフワしていた。
靴を脱いで玄関に上がり、共用の靴箱の中にある『有沢』と書いてある所定の位置に自分の靴を入れ、リビングのドアを開ける。
暖かい空気が、全身を包み込む。
部屋中に広がるトマトパスタの香りが、鼻から肺に流れ込む。
「お帰り、沙織!ちょうど良かったね。今高野さんがパスタ茹でてくれた所だよ~」
「お帰り」
燈子さんもリビングの奥から、声をかけてくれる。
「ただいま!」
ああ、ようやくホームだ。現実だ。
思わず安心してしまう…。
キッチンでサラダを作っている胡桃から、声がかかる。
「沙織、パスタが冷めちゃうから手を洗って運ぶの手伝って~!」
「うん!ちょっと待ってて」
私は共用の洗面所で手を洗い、二階にある自室にコートを置きに行ってからキッチンへと戻った。
「お帰り!」
キッチンから出て来た赤いエプロン姿の高野さんから、声がかかる。
「ただいま高野さん。…いい香りですね」
私はキッチンカウンターから1人前ずつパスタを受け取り、長方形のダイニングテーブルへと運んだ。
「「「「いただきます!」」」」
高野さんが作ってくれたトマトパスタ、コーンスープが湯気を立てている。
サラダも美味しそう!
いい香り…!
そういえば、今日はお昼ご飯を抜いてしまっていた。温かい食事を目の前にした今、ようやくお腹が空いていたことに気づく。
『シェアハウス深森』の皆様に心から、感謝。
「晩御飯の時に4人揃うのって、久しぶりだね」
私がそう言うと、胡桃は頷いた。
「みんな生活習慣がバラバラだからね~」
燈子さんは老眼鏡を外して胸元のポケットにしまいながら、急に思い出した様に、
「そういえば明日から一人、住人が増えるわ」
と言った。
みんなはギョッとして、燈子さんに注目した。
「どんな人?」
サラダを取りながら高野さんが尋ねると、燈子さんは、
「…来てからのお楽しみ」
と素っ気なく言い、パスタを口に運んだ。
新しい住人が、明日やって来る?!
どんな人だろう、楽しみだな!
「まさかまた、大型爬虫類を飼う大学教授とかじゃ無いでしょうね」
高野さんはスープを飲みながら、怖い瞬間を思い出した様な表情でこう言った。
「…爬虫類が、ほほにふんでいはんですか~?」
胡桃が口の中でパスタを咀嚼しながら高野さんに聞いた。
「…飲み込んでから喋りなよ」
私は思わず胡桃にツッコミを入れてしまう。
高野さんは頷き、
「去年、増田さんと有沢さんが来る少し前まで住んでたよ?堀之内先生と巨大イグアナのミドリちゃん」
少し笑いながら、続けた。
「今増田さんが使っている部屋にいたんだ」
「ええっ?!!うそマジで?!!超いやだぁ~~」
胡桃はフォークを取り落とし、絶叫した。
「うそ」
「…なんだ、良かった~。高野さんのバ~カ」
高野さんはバカと言われても一向に構わない様子で続けた。
「今俺が使ってる1階の角部屋にいたんだ。俺、君達が引っ越して来る少し前に燈子さんと相談して部屋を変えたの。友達同士、隣り合わせで2階を使った方が楽しいでしょ?」
胡桃はコロリと態度を変えた。
「わあ、高野さん優し~い…。バカって言っちゃってごめんなさ~い」
「…」
「イグアナ…」
私はぞっとして身震いした。
今までの人生の中で、爬虫類と関わった事は一度も無い。そのため苦手意識が強く、見た目のインパクトに恐れおののいてしまう。
「ミドリちゃん、最初は小さくて可愛かったんだけど。成長してどんどん大きくなっちゃって、最後は2メートル」
胡桃と私は、顔を見合わせた。
「2メートル…!」
「当然、部屋は狭いからミドリちゃん、すごくストレス溜まっちゃって。先生の部屋からいつの間にか抜け出すんだ。で、リビングとかの共有スペースに突然!!現れる」
「……ミドリちゃん…」
怖いよ、ミドリちゃん。
「面白かったわよね?」
このシェアハウスのオーナーである65歳の深森燈子さんは、面白い物事をいつもいつも、全力で探し続けている。彼女は人生経験が大変豊富なため、怖い物があまり無いらしい。
「…全っ然、面白くなかったです。堀之内先生がミドリちゃんと一緒にベネズエラに行ってしまわれて正直俺は、心底ホッとしました」
高野さんは胸に手を当て、深呼吸した。
「高野さんって、一体いつからここに住んでいるんですか~?」
「離婚してすぐにね…3年前くらいから。当時ここに住んでいた面白い人たちの話は、沢山してあげられるよ」
謎多きイケメンであり、カフェ『未来志向』のマスターである高野連さんは、35歳のバツイチ。この4人の中で料理が一番上手で、とても頼りになる存在だ。
「同居人と相性が合うかどうかは、一緒に住んでみないとわかりませんよね」
胡桃は部屋の隅で食事をしている猫のクールと目が合い、
「動物だったらこの家にはもう、クールがいるしね~!」
と言って彼に、ウインクをした。
高校入学時から仲良くなった同い年の増田胡桃は、そのギャルっぽい外見からは想像できないほど大人びた性格で、私よりも人生経験が豊富で達観している。
私はスマートかつ型破りな考えを持つ胡桃をいつも頼りにしており、事あるごとについつい甘えてしまう。
そうだ。
胡桃に、水曜日の電話での会話について早く、聞かなくちゃ。