炎のボレロ
義姉と義弟
都心から離れた閑静な住宅街で
仲の良い夫婦が住んでいる。
私立高校の養護教諭をしている
高見沢美咲は、
新婚3カ月の新妻である。
そして、夫の高見沢邦雄は
銀行に勤めるエリート社員で
将来を約束された優秀な人材である。
二人は見合い結婚であったが、
とても仲が良い夫婦と
近所で評判であった。
「あなた、今日は同窓会だから
夕食は簡単なものをつくっておくわ」
「同窓会なら真人も来るだろう。
気にしないで楽しんでおいで」
高見沢真人、邦雄の弟で
美咲とは高校の時の同級生。
そして今は、美咲と同じ学校で
体育教諭をしている。
そのため、美咲は自分たちの他に
真人のお弁当をつくっていた。
それは、真人が外食で
体を壊さないためにという
美咲の配慮であった。
「いつも、真人の分まで
弁当をつくってくれて感謝するよ」
「お弁当は、二人分もつくるのも
三人分つくるのもかわらないわ。
私が好きでやっていることだもの。
あっ、もうこんな時間。
急がないと遅刻だわ」
「やばい、今日は会議があったんだ」
「あなた、お弁当を忘れないでね」
「ありがとう、忘れたら
昼飯なしになるところだよ。
それじゃ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
邦雄は、車に乗ると
そのまま会社に向かった。
そして、美咲は食事の片づけをして
学校に出かける支度をしていた。
美咲が通う学校は、
桜並木がきれいな場所にある。
美咲は学校に入ると、
白衣に着替えて保健室に入った。
保健室の出入り口に
悩みノートをかけている。
それは、美咲が養護教諭で
赴任していた頃から
始めたもので、これまでの
ノートは数冊になるだろう。
悩みノートには、
生徒の悩みがたくさん
書かれてあった。
いじめや家族の問題、
恋愛の悩みなどさまざまだが、
美咲は生徒たちの悩みに
真剣に向き合っていた。
そして、体育館では
バスケットボールの練習をしていた。
間もなく大会があるため、
真人が生徒を見る表情は
真剣そのものであった。
紺色のトレーナーに
白のジャージ姿の真人に、
美咲はカッコイイと思った。
それは高校時代、
真人の練習をこっそり見ていたのを
思い出していたからであった。
「よしっ、大会まで気を抜くなよ!」
真人は、生徒たちの練習から
一息ついた時に美咲に気がついた。
「義姉さん」
「おはよう、真人さん。
みんな、頑張っているわね」
「もうすぐ、大会があるから
気が抜けないよ。
みんな、よくやってくれているよ。
こんなオレでも、ついてきて
くれているんだから」
「真人さんが、バスケットボール部の
顧問になってから大会で
優勝をするまでになったんだもの。
よく頑張ったじゃない」
「ありがとう、初めは
オレについてきてくれるか
不安があったけど、義姉さんの
アドバイスでなんとか助けられたよ」
「そんなことないわ。
真人さんの頑張りで、生徒たちが
ついてきたんじゃない。
あっ、話し込んでいて忘れていたわ。
はいっ、お弁当」
「サンキュ、オレにまで
気を使ってくれて、
兄貴に恨まれるなぁ。
ありがとう、義姉さん」
真人と美咲の会話を聞いた
生徒たちが、クスクスと笑い始めた。
「アーッ!真人先生が、美咲先生から
お弁当をもらっているよ」
「真人先生は、シスコンだもんね。
そんなんじゃ彼女できないよ」
「こらっ、大人をからかうな!
おまえら、ホームルームだろう?
早く、教室に行けよ」
「顔が赤くなっている。
案外、図星だったりして」
「何、言ってんだよ!
姉貴から弁当もらって悪いのか?」
生徒たちのからかいに、
ムキになっている真人に、
美咲は、クスクス笑いだしていた。
「なんだよ、義姉さんまで
笑うことないだろう?」
「そうよね、やっぱり彼女の
お弁当がいいわよね。
いつまでも、姉に
頼っていたらダメよね」
「そりゃないだろう」
真人と話をしているうちに、
ホームルームのチャイムが鳴った。
「あたし、そろそろ行くわ。
真人さんもホームルームでしょ?」
「そうだな、朝練が終わると
次は担任の仕事だ。頭、痛いぜ」
「今日は、奈津子の店で
同窓会だから時間を合わせて
行きましょう」
「そうだな、放課後の練習が
終わったら保健室に行くよ。
それまで、待っていて」
「わかったわ」
「それじゃ、放課後にな」
そして真人と美咲は、
それぞれの仕事についた。
美咲は、真人に義弟以上の気持ちを
持ってしまっている。
自分で決めたことなのに苦しい。
真人には、恋人がいる。
それは、親友の松永瑠衣子だ。
できることなら、
瑠衣子と幸せになってほしい。
だが、その一方で
美咲は真人への思いが
つのっていくばかりであった。
< 1 / 40 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop