炎のボレロ
流産をした悲しみ
邦雄が、美咲を連れ戻すかもしれない。
真人は、毎日神経をピリピリしていた。
学校にいる時はいいが、
奈津子の家に着くまで
何をするかわからない。
美咲とおなかの子供は必ず守る。
真人は、そう決めていた。
「美咲先生、お体は大丈夫ですか?」
「ありがとうございます、大丈夫です」
「おめでたとは、実にめでたいことです。
お体を大切にしてくださいよ」
学校長は、そう言って廊下を立ち去った。
世間は、美咲の子供は邦雄の子供だと
思っているのだろう。
しかし、おなかの子供が
実は真人の子供だと知ったら、
学校中はおろか教育委員会でも
問題になるだろう。
「美咲、不安になるな。
心配しないで子供を産んでくれ」
「あたし、不安なの。
あなたの立場が悪くならないかって」
「誰にも知られなきゃいいんだよ。
世間では兄貴の子供になるが、
オレが子供を守っていく。
心配しなくていいからな」
今日は、真人と美咲が夜勤勤務だったので、
学校を出たのが夜の10時頃になった。
「行くぞ、美咲。忘れ物はないな?」
「えぇっ」
「それじゃ、行こうか」
そう言って真人は、車を走らせた。
美咲は、助手席に乗って
シートベルトをかけていた。
ところが、真人が車を走らせてから
後ろから怪しい車が追いかけてきた。
真人が、ミラーから見ると
邦雄の車だった。
兄の執着心に恐怖を感じた真人は、
車のスピードを上げた。
「兄貴のやつ、学校まで
待ち伏せしていたのか。
まったく、しつこいぜ。
美咲、しっかりつかまっていろよ。
なんとか、追い払ってやる」
ところが、邦雄も
車のスピードを上げてきた。
どちらも、抜きつ抜かれつの
攻防になっていた。
「真人さん、痛い。おなかが痛い」
「もう少しの辛抱だ」
しかし、邦雄は車のスピードを緩めない。
逆に真人の車に体当たりしてきたのだ。
その拍子で、真人の車が
乗りあげ急停車した。
美咲は、おなかをかばって
うずくまっていた。
「美咲、大丈夫か?」
「痛い、おなかが痛い」
「すぐに、救急車を呼ぶから待ってろ。
死なせてたまるか、オレの大切な命を…」
救急車がきて美咲は、
救急病院に搬送された。
真人もそれに付き添っていく。
邦雄は、警察に危険運転の現行犯で逮捕された。
そして、病院に麻子と父親の源蔵と
母親の静子が駆けつけた。
「真人、美咲さんは大丈夫なの?」
「今は、何とも言えない。
だけど、おなかの子供が危険なのは確かだ」
「邦雄に子供ができたと聞いた時は、
私の血が絶えることを防げてよかったと思った。
そしたら、なんだ?
子供は、邦雄の子ではないというが
一体、何があったんだ?」
「おやじ、隠していて悪かったよ。
おなかの子供は、オレの子供だよ」
「どちらにしても、中絶は許さん。
どちらにしても、高見沢家の
そして私の血をひく孫だ。
手にかけることは絶対に許さん」
話をしているうちに手当てをしていた
医師が手術室から出てきた。
「残念ですが、お子さんは
流産をしました。
奥さまは、しばらく
養生することになるでしょう。
どうか、気を落とさないように」
医師の言葉に、静子は泣いた。
「なんてことでしょう、かわいそうに。
真人の子でもいい。
産ませてあげたかった。
許してちょうだい、真人。
あなたの気持ちに気づいてあげられなくて」
「母さん、ごめんよ。迷惑かけて」
「あなたが幸せなら、母さんは耐えられる。
周りの反対を押し切って母さんを後妻にと
お父さんが迎えてくれた。
それだけで、母さんは幸せなの。
だから、母さんのことは心配しないで」
「真人、母さんの言うとおりだ。
おまえが美咲さんに恋をしたように、
私も母さんに恋をした。
周りの反対はあったが母さんと暮らせて幸せだ。
おまえは、おまえの生き方をしていけ」
一方、美咲は子供を流産したことで
悲しみにくれていた。
その気持ちを、静子がそばにいて
美咲を慰めていた。
女同士なら気持ちが
晴れると思ったのだろう。
悲しみに涙する美咲に、
ずっと付き添って
気持ちが静まるのを待っていた。
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