心がささやいている
クリニックを出ると、すっかり外は夜の住宅街と化していて、少しの街灯と家々の明かりがぽつぽつと灯っているだけの、ひっそりとした寂しさが漂っていた。

「家、どっち?」
「…ほんとに近いから平気なんだけど」

そう言いながらも、こっちだと小さく指で示された方向へと足を向ける。
送っていくのも別に苦ではないが、実はちょっと気になることがあった。彼女に直接聞きたいことがあったのだ。いつ話を切り出そうかと考えていたところで、先の角を曲がり数歩進んだところで何故か彼女は足を止めた。

「…ここ」
「ん?」
「ここなの。家…」
「は?……えっ?」

真顔の中にも、僅かに申し訳なさそうな雰囲気を漂わせて月岡が指差した場所は、一軒の年季の入った日本家屋だった。

「はぁっ?!思いっきり、ご近所じゃんっ!」
「…だから、そう言ったじゃない」
「いや…まぁ、そう。なんだけど…」

っていうか、この家には見覚えがある。

「それに、ここ…。大家さん()じゃんっ!」

声を張り上げた自分に、今度驚いたのは彼女の方だったようだ。

「え?大家…?」
「あのクリニック!貸してくれてるの、ここの大家さんなのっ!いるだろ?元気な小さいおばちゃん」
「えっ?おばあちゃんのこと…?」

首を傾げている。

「マジか…。あんたが、あの大家さんの『お孫さん』だったとは…」
「?」

彼女とは思わぬ繋がりがあったらしい。
以前、辰臣と一緒に挨拶にこの家を訪れた時、話には聞いていたのだ。自分たちと同じくらいの孫がいる…って。
実際、辰兄は俺らより年齢は上で全然大人だけど、見た目の若さから同じような歳に見えたんだろう。若い人の活動を応援したいと言って、破格な家賃で物件を貸してくれている心優しい大家さんなのだ。


あまりの驚きの事実に。その日はそのまま別れ…。
結局、俺は彼女に聞きたかったことを聞けなかった。



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