きみに光を。あなたに愛を。~異世界後宮譚~

第16話(3):戦乱の足音。

 朝から降り続く雨は午後を過ぎた頃には雨脚は弱まり、うっすらと雲間から光が差し始める。
 山深い峠道を一騎の騎馬が越えようとしていた。
 
 葦毛の馬を器用に操るのは分厚い外套に身を包んだウダ族の青年サヤンである。

「ダルヤー、大丈夫だ」

 峠道はひどくぬかるんでいた。
 一歩進めるごとにズブリと沈み込み思うように馬の歩が進まない。
 ぬかるみに足をとられ馬が大きくいなないた。

「無理をさせてすまなかったな。ゆっくりいこう」

 サヤンは愛馬の首を優しくさすり声をかけ、不安にいななく馬から下りると手綱を引いた。
 足に力をこめ、峠道を登る。
 この峠を越えるとヴィレッドブレードに入る。国境までもう少しだ。

「峠を越えたら村がある。そこで休める。ダルヤー、もう一息だ」

 外套の頭巾から雨水が滴り落ち癖の強い黒髪をぬらした。
 冬の雨は容赦なくサヤンから体温を奪っていく。
 すでに歯は震えでかみ合わず、手の感覚も無い。ウダの苛酷な環境で育ったサヤンですらそろそろ限界が近いようだ。

「がんばろう」

 愛馬ダルヤーに語りかけつつサヤンは自分自身の気力を奮い起こした。

(何としても武勲をあげるんだ)

 アセナと再会した日。
 ヴィレットブレードとの開戦が確実となり、サヤンの仕えるエリテル将軍が総大将として派遣されるのが決まった。
 
 皇帝がわざわざ地方の守備を担っていたエリテルを呼び寄せたのも、パシャの英雄であり希代の戦上手で知られるエリテルの力でこの戦を早期終結させたいがためだった。

 あのヘマント風商家からの帰り道、馬上のエリテルは付き従うサヤンを振り返りながら言った。

「サヤン、お前にしかできない任務をやろう。武勲を立てたいのならば必ず成功させてみせろ」

 エリテルが自分に与えてくれた好機。
 何としても成功させねばならない。

(力をつけなければ。力が無い人間は何も成し遂げれない)

 サヤンは歯を食いしばった。
 都を発ったのは1週間前のこと。国境近くまでは整備された街道を駆け、より密かに国境を越えるためにこの峠道を選らんで二日。
 目的地はもうすぐだ。

(アセナ、俺は強くなって這い上がってみせる)

 サヤンは気力を振り絞り足を進めた。
< 21 / 38 >

この作品をシェア

pagetop