きみに光を。あなたに愛を。~異世界後宮譚~

第17話(3):あなたを手放さない。

「アスラン様でもその様に思われることもあるのですね」
「……俺を何だと思っている? 悩みもすれば失敗も多くする只の凡人だ」

 絶大な権力を握りながらも苦悩に身を浸すこともあるのかとアセナは意外に思った。この国の支配者はその完璧な外見から分からない苦しみを多く抱いているのかもしれない。
 アエナはリボルに茶の用意をするように指示し、

「御出陣なされなくともよいのですか? 皇帝が出向くだけでも戦局は変わりましょうに」
「俺が(ここ)を離れて最前線に出るのは国が滅びる時か、乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負のみだ。皇帝が戦場に出ねばならぬ状況に陥る方が問題だろう?」

(陛下が出陣しなくても良いくらいの局地的な紛争で治まる程度なのね。よかった)
 アセナは胸をなでおろした。

 北の国(ヴィレッドブレード)との国境線はウダの郷のあるクルテガ皇領とも近い。
 あの貧しい地域で戦が起これば、一気に荒廃し人々は流民と化してしまう。
 厳しい環境で生きている辺境の人々には災厄でしかない。

「それに総大将はエリテルだ。あれは希代の戦上手ゆえ、民まで被害が届かぬうちに早急に終わらせてくれるはずだ。戦後処理もなかなかに上手い。任せておいて間違いない」
「閣下が……」

 あの商家で一度だけであった自分の後見人であり養父、そして黒豹のような幼馴染サヤン。
 二人ともアセナにとってかけがえの無い人である。無事に任務を終え五体満足での帰還を心の底から祈った。
 アセナの神妙な面持ちにアスランは片方の眉を上げる。

「あのウダの男……名はサヤンだったか。あれも出征しているはずだ。気になるか?」
「十五歳まで一緒に育った幼馴染ですので。同じウダの民としては心配です」

『ウダの碧玉』に例えられる碧眼の若者。静寂につつまれた庭園で月光を浴び不遜な眼差しを皇帝であるアスランに向けたあの青年。
 強靭でしなやかな肉体と精神を兼ね備えた姿はアスランに強烈な印象を与えた。

「あれは面白い男だ。武の腕もあるし頭もきれる。将に相応しい才覚を持っている」

 アスランはアセナの顎に手を伸ばし、

「サヤンは武勲を上げた褒美としてお前の下賜(かし)を望んでいるらしいぞ」
「私をですか?」
「まぁやらんがな。他の無位なら考えんでもないが、お前はダメだ。例えサヤンが英雄となり下賜を望んだとしても、な」

 と甘くこの上ない極上の笑みを浮かべたのだった。
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