きみに光を。あなたに愛を。~異世界後宮譚~
第20話:御心のままに(2)
アスランは右手を上げてリボルを呼び、クルテガから献上された茶を新たに淹れさせると、如何にも優雅な仕草で薬湯の香りがする茶をためらいも無く飲み干した。
「クルテガは帝室直轄の皇領だ。その意味を分かっておろうな? 今後は我が領民とアセナに対する屈辱は許さぬ」
お前が筆頭臣下の娘だとしても、と情の欠片も感じさせないわずかな怒気を含んだ声色でアスランは言い放った。
皇帝の言葉にヤスミンは目を見開き、ただ畏まりましたと応えるのが精一杯であった。
かすかに震える指で裳裾を握り締める。
ヤスミンは自身が足元から崩れていくかのような感覚に襲われていた。
現状四人いる皇妃のなかでも一番上の第一位の位を冠し、皇妃の筆頭であるということを誇りにしてきた。それだけを支えにしてきたのだ。
――すべてを拒否され否定された。夫によって。
けれど。
ここで倒れるわけにもいかない。まだ希望がある。たった一つの希望が。
ヤスミンはうつむいていた顔をあげた。
「陛下、一つお願いがございます」
元々透き通るように白い肌をさらに白くし、しかし黒い瞳には細く鋭い光を宿っている。
「陛下は今までの四人の皇妃、どなたにもご執着なさらなかった。けれどもアセナ妃には、私も含め他の姫君方ですら及ばないご配慮をなさっていらっしゃる。私どもには何も望むなとおっしゃりながら、アセナ妃にだけは惜しまず与えておられる」
ヤスミンはアスランの瞳を見据えた。
「陛下には御子がいらっしゃいます。特に皇子でいらっしゃるファフリ殿下には、アセナ妃と同等には御寵愛を注いでいただきたいのです。殿下はいずれこの国の皇太子に成りえる方でございます」
「ファフリは俺の子というだけに過ぎぬ。皇位を継ぐのは未だ決まってはいない。候補の一人ではあるがな。愛でる必要がどこにあるのか理解できん」
絶望を与えるには充分な言葉である。
ヤスミンはその冷酷さに落胆した様子もなく淡々としていた。ある程度の予想はしていたのだろう。
現在唯一の皇位後継者である我が子ですらアスランを揺るがすことすら出来なかった。
事実、後宮を持ち子を多く成す帝室では御子は後継であると同時に政争の材でしかない。
アスラン自身も第三皇子であり、何ら先帝からの愛情も加護も受けずに生きてきた。帝位からも遠かったが多くの犠牲と争いを経て自らの力でのし上がった。
帝室において幼子とはその程度の存在なのだ。
「もしもファフリにその器があるのなら、その才覚で奪い取ればいい」
「左様でございますか」
ヤスミンは何かを決意したかのように立ち上がり、
「御心よう肝に銘じておきまする。世界を治める者。偉大なる皇帝陛下」
典礼どおりの美しい所作でアスランに退室の挨拶をすると、衣擦れの音をさせながら一度も振り返りもせずに部屋を出た。
「クルテガは帝室直轄の皇領だ。その意味を分かっておろうな? 今後は我が領民とアセナに対する屈辱は許さぬ」
お前が筆頭臣下の娘だとしても、と情の欠片も感じさせないわずかな怒気を含んだ声色でアスランは言い放った。
皇帝の言葉にヤスミンは目を見開き、ただ畏まりましたと応えるのが精一杯であった。
かすかに震える指で裳裾を握り締める。
ヤスミンは自身が足元から崩れていくかのような感覚に襲われていた。
現状四人いる皇妃のなかでも一番上の第一位の位を冠し、皇妃の筆頭であるということを誇りにしてきた。それだけを支えにしてきたのだ。
――すべてを拒否され否定された。夫によって。
けれど。
ここで倒れるわけにもいかない。まだ希望がある。たった一つの希望が。
ヤスミンはうつむいていた顔をあげた。
「陛下、一つお願いがございます」
元々透き通るように白い肌をさらに白くし、しかし黒い瞳には細く鋭い光を宿っている。
「陛下は今までの四人の皇妃、どなたにもご執着なさらなかった。けれどもアセナ妃には、私も含め他の姫君方ですら及ばないご配慮をなさっていらっしゃる。私どもには何も望むなとおっしゃりながら、アセナ妃にだけは惜しまず与えておられる」
ヤスミンはアスランの瞳を見据えた。
「陛下には御子がいらっしゃいます。特に皇子でいらっしゃるファフリ殿下には、アセナ妃と同等には御寵愛を注いでいただきたいのです。殿下はいずれこの国の皇太子に成りえる方でございます」
「ファフリは俺の子というだけに過ぎぬ。皇位を継ぐのは未だ決まってはいない。候補の一人ではあるがな。愛でる必要がどこにあるのか理解できん」
絶望を与えるには充分な言葉である。
ヤスミンはその冷酷さに落胆した様子もなく淡々としていた。ある程度の予想はしていたのだろう。
現在唯一の皇位後継者である我が子ですらアスランを揺るがすことすら出来なかった。
事実、後宮を持ち子を多く成す帝室では御子は後継であると同時に政争の材でしかない。
アスラン自身も第三皇子であり、何ら先帝からの愛情も加護も受けずに生きてきた。帝位からも遠かったが多くの犠牲と争いを経て自らの力でのし上がった。
帝室において幼子とはその程度の存在なのだ。
「もしもファフリにその器があるのなら、その才覚で奪い取ればいい」
「左様でございますか」
ヤスミンは何かを決意したかのように立ち上がり、
「御心よう肝に銘じておきまする。世界を治める者。偉大なる皇帝陛下」
典礼どおりの美しい所作でアスランに退室の挨拶をすると、衣擦れの音をさせながら一度も振り返りもせずに部屋を出た。