記憶の中の溺愛彼氏
警戒しながら、私は彼女が何を言うのか気になった。
思い詰めたような表情で、言葉に出すのを躊躇っているようだった。

「あの…もしかして…香奈さん…ですか?」

「そうですけど…」

「…私は社長の…翔先輩の後輩ですが、あなたのことは先輩から聞いてて…でも、納得出来なくて…呼び止めて申し訳ありません…」

何て答えたらいいのか分からなくて返事が出来なかった。

「…私、先輩のことを諦められなくて…あなたが記憶を無くして先輩と別れたって聞いて、私の事を振り向いてくれるかもしれないって期待しちゃって…」

私に向けられた眼差しは今にも泣き出しそうだった。思い詰めたようにブツブツと呟いている。

「…翔先輩への気持ちはあなたに負けないのに、…どうして……あなたは先輩を好きな事さえ忘れてしまったのに、何で?…あなたじゃないとダメなの?…ねえ、お願いだから、私から先輩を奪わないでっ!!」

いきなり切れたように声を張り上げて、私の顔を叩くように手を振り上げてきた。

「!!」

私はびっくりして反射的に彼女の手首を掴んだ。

そう避けようとしたのだ。

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