愛され秘書の結婚事情*AFTER
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 七緒と悠臣が婚約して三ヶ月が過ぎた。

 季節は春から夏に変わり、秋には結納、来年春には七緒の地元である島根で神前式、翌月には東京で披露宴を行う予定だ。

 ただし、決まったのはあくまで日程のみで、まだ結婚に関する本格的な準備は始まっていない。

 この夏の盆休みに悠臣と帰省し、神前式についての打ち合わせを両親も交えて行う予定だが、挙式のみならず、東京の披露宴やその後のハネムーンなど、決めるべきことは山積していた。

 それでなくとも、サブマリンでの仕事で多忙を極める悠臣と、その新郎を支える立場の七緒には、結婚準備に集中出来る時間がなかった。

 神前式もほぼ母に任せ、披露宴は会社の方針に従って、ホテルのプランナーに一任したいと考えている七緒に対し、自分たちで色々決めたい悠臣の方は、今の状況に苛立ちを募らせていた。

 そこにまた、マイペースを地で行く母親のアポ無し訪問と来て、彼のストレスはさらに増した。

 五分後。

 一階ロビーの長椅子に腰掛けていた晶代は、七緒と一緒に現れた息子を見て、「あら、余計なのも来た」と呟いた。

 悠臣は母親に無言で迫ると、「一体どういうつもりですか」と、怒りを抑えた口調で訊ねた。

「何のこと? 私は七緒さんに用があったんだけど」

「だから、それが何の用かと聞いているんです」

「なんでそんなことを、あんたに言わなくちゃいけないの?」

「んなっ……!」

 悠臣は、驚きと怒りで、帰す言葉を失くした。

 そんな息子の隙を突き、晶代は後ろに控えている七緒の手を取った。

「七緒さん。もう仕事は終わりでしょう?」

「えっ、いえ、まだあと二〇分ほど……」

 午後五時四十分を指すロビーの時計を見て、七緒は答えた。

「そんなの大した違いはないわよ」

「は!? 大アリに決まってるだろう!」

 怒鳴る悠臣を無視し、晶代は「兄にはもう許可を取ったわ。常務より会長の方が偉いんだから、七緒さんは私に付き合う義務があるわ」と七緒に言った。

「会長が……」

「伯父さんが!?」

 七緒はそこで少し考え、「常務」と、秘書の顔で悠臣に向き直った。

「会長のご指示ならば、ここは従うべきだと思います。今日は夜の予定は入っておりませんし、早退の許可をいただいてもよろしいでしょうか」

「…………」

 一瞬無言になったあと、悠臣は右手で額を押さえ、そのまま「ハーーーッ……」と長い溜め息をついた。

「仕方ないな……。あとで電話をくれ」

「はい」

 七緒はペコリを頭を下げ、晶代に向かって「一旦戻って、荷物を取って来ます。もう少々お待ち下さい」と言って、駆け足で常務室に戻って行った。

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