君と一生分の幸せを
救世主との出逢い



そっと息を吹きかけて、かじかんだ手を温める。

今日の空はなかなか太陽を見せてくれないから、すっかり冷え込んでしまっている。

周りを歩く学生や大人たちも、着込んで寒さ対策をしているようだ。



「あ、あのっ」



ひょこっと裏返った声が、後ろから聞こえた。

振り返ると、同じ高校の制服を着た男子が立っていた。震える手に握られているのは、一枚の手紙。



「これっ、読んでください! 中に連絡先も入ってるので、良かったらそこに……」



手紙を差し出すと同時に、深々と頭を下げる男子。

通行人がチラチラと見てくるのが耐えられなくて、私は思わず「やめて」と言ってしまった。

ちょっと言い方がキツかったのか、男子が動揺しているのが見て分かる。



「あー、ごめんね。そんなにかしこまらなくていいよ」



改めて声をかけると、男子は安心したように胸を撫でおろした。



「その、これ……受け取ってもらえますか?」



男子はもう一度手紙を差し出してくる。

受け取らないのも申し訳ないので、一応もらっておく。



「あ、ありがとうございます! えっと、良かったら一緒に登校しませんか?」



満面の笑みで提案する男子だが、一緒に登校するというのは気が向かないので丁重にお断りしておいた。

残念そうに肩を落とす男子に「じゃあ」と一言声をかけ、学校へ向かう。


こういうことは最近よくある。

手紙の内容は人それぞれだが、だいたい「好きです」とか「付き合って」とか。

これって、モテ期ってやつだろうか。

でも、手紙をもらうのは知らない男子ばっかり。私と話したことないのに、本当に好きなのかな……って思ってしまう。






私が通っているのは、県立の天ノ川高校。

偏差値は普通よりちょっと上。授業について行くのに精一杯だ。

今は12月。なので、冬服を着るように言われている。

天ノ川高校の冬服は、白いブラウスに真っ赤なリボン。その上から薄いブラウンのジャケットを羽織る。チェック柄のスカートは歩くたび、ひらひらと揺れる。

この服装はあちこちに見られる。

この時間帯は『登校ラッシュ』と呼ばれ、多くの生徒が登校してくるのだ。







人混みが苦手な私は、駅前広場を抜けるとすぐ路地裏に滑り込む。

12月のはずなのに、混雑の中にいると暑くて息が苦しくなってくる。

それを避けるために、路地裏は私にとって重要な存在だ。



「よっ……と」



今日は路地裏にゴロゴロとゴミが投げ捨てられていた。

それらを避けながら進んで行く。

いつもはこんなに汚くないのに……。もしかして、ホームレスでも住み着いたのかな。

そんなことを考えていると、



「よぉ、嬢ちゃん」



予想的中。

すすけた顔の男が角から飛び出してきた。たぶん、四十代くらいだろう。

片手に缶ビールを持って、フラフラと近づいてくる。ずいぶん酔っているのか、顔は真っ赤で足元もおぼつかない。

でも、こういう人には何度か会ったことがある。この辺はホームレスが住み着きやすいから。

まぁ、こういう人にはまた何か言われないうちに逃げるのがいい。

でも本当にホームレスだろうか。どこかから家出してきた父親っていうのもあり得る。

くだらないことを考えていると、



「こんなとこで何してんだよぉ?」



と訊かれてしまった。



「学校に行く途中ですけど」



思わず答えると、男はフンッと鼻で笑った。



「がっこぉ~? そんなくだらねぇとこ行かずにさぁ、俺と一緒に一杯どうよ?」



「私、未成年ですけど」



「そんな固いこと言わないでさぁ~! ほれほれ、飲んでみろってぇ」



「お断りします」



軽く頭を下げ、先に進もうとすると、男に行く手を阻まれた。

今度は後ろへ引き返そうとしたが、腕を掴まれてグッと引き寄せられた。

男の胸にぶつかり、抵抗したが間に合わず壁に押し付けられてしまった。



「ぃやっ、やめてください!」



大声で叫んでみるも、駅前広場のざわめきにかき消されてしまう。

それにここは広場から見えにくい路地裏だ。誰もこちらに目を向けようとしない。



「暴れんなってぇ。ちょっくら遊ぶだけじゃねぇか」



ニヤニヤと笑う男の口からお酒のニオイが漂う。

思わず顔をそらすと男は急に不機嫌になり、乱暴に私のシャツを掴んだ。そのまま引っ張られ、ブチブチとボタンが外れる。

肌着が丸見え状態だ。



「ゃ……」



怖くて声が震える。逃げなきゃと思うのに、足がすくんで動かない。



「まぁまぁ、落ち着きなってぇ。そんな泣くほどのことじゃねぇよ。ちょっと触らせてくれれば……それでいいんだからなぁ?」



「やめてくださいっ」



必死に抵抗するが、力の差がありすぎてびくともしない。



「安いけど、金だってくれてやるよぉ。だから、なぁ?」



じりじりと男の顔が私の胸に近づいてくる。

じわっと視界が歪んで、大粒の涙が頬を流れた。



「ぃやぁっ……」



情けない声がこぼれる。

もうダメだ……私、この人にこんなことされちゃうの……?

男が私の胸に自分の唇を重ねようとした、その時。

< 2 / 5 >

この作品をシェア

pagetop