君と一生分の幸せを
「何してんの? そこのオッサン」
ふと聞こえた声は、柔らかく耳に入り込んできて。
声のほうを見ると、天ノ川高校の制服を着た男子生徒が。
白い肌に整った顔。
髪は濃い青色に染まっていて、耳には銀のピアスが光っている。
「あぁ? 誰だよお前。邪魔しやがって」
酔った男は男子生徒に気を取られ、私の手を押さえつける力が緩んだ。
その瞬間、私は男を突き飛ばして距離をとった。
咄嗟にはだけたシャツをキュッと掴み、肌着を隠す。
「……ってぇな! 何しやがる!」
男は怒鳴り声を上げて、私に近づいてきた。
キツく握られた拳が頭上に降ってきて……。
思わず目をつむった。
……バシッと音はしたが、痛みも衝撃もない。
恐る恐る目を開けると、そこには男の拳を受け止める男子生徒の姿があった。
「えっ……」
男子生徒は男の腕を捻り上げて言った。
「いい年して、ほんとに何してんの?」
「なっ、なんだよコイツ!」
すっかり取り乱した男は、男子生徒に襲いかかる。
一発、二発。と拳を繰り出すが、すべてかわされてしまう。
「酔ってんの? もうフラフラだね、オッサン」
男子生徒は口角を少し上げて、男の腹に蹴りを入れた。
その場に倒れ込む男。ぴくりともしない。
……もしかして、死んじゃった?
私の心を読んだのか、男子生徒は優しく微笑んで言った。
「大丈夫、気絶してるだけ。ちょっとしたら起きるよ」
そして、大きい手が差し伸べられる。
「立てる?」
いつの間にか腰を抜かしていたようだ。
無意識のうちにその手を取り、立ち上がる。
「ありがと……」
お礼を言うと、彼はまた微笑んだ。
見た目はチャラそうなのに、優しく接してくれる。
と、次の瞬間。
男子生徒は顔を真っ赤にして後ろを向いた。
「ちょっ……! 見えてるから! はやく隠して!」
慌てて叫ぶ男子生徒。
私はハッと我に返ると、ジャケットのボタンを留めて胸元を隠した。
恥ずかしくて顔が熱い……。
「ごめん、もう大丈夫」
「ほんとに……?」
恐る恐る振り返った男子生徒は、確認すると安心したようにため息をついた。
そして、私の手を取りニッコリ笑いかける。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「へっ、一緒に?!」
なんで私なんかと……。
「うん。さっきみたいに変な人に捕まっちゃ大変でしょ?」
「そうだけど、でも……」
「君さぁ、可愛いんだから心配なんだよ。街中歩いてても常にナンパされてそう」
「なっ⁉ そんなこと……ない、けど」
声かけられることはあるけど、たぶんナンパじゃない……と思う。
でも、男子と一緒に登校するなんて初めてだ。
「ほら、はやくしないと遅刻するよ。急ごう?」
「……うんっ」
私は男子生徒と手を繋いだまま、進み始める。
もうすぐ裏路地を抜けるところで、彼が振り返り言った。
「言い忘れてたけど、俺は道瀬 俊(ミチセ シュン)。よろしくね?」