いない歴=年齢。冴えない私にイケメン彼氏ができました



「咲山さんってさ、まだ坪井君とつきあってるのかなぁ。いいよねぇ、あんなイケメン彼氏……、しかも若い」

「いや、ないよ、多分。だって立花さんと付き合ってるとかって噂になってるじゃん」

「え!?そ、そうなの?それってさっきトイレにいた人だよね?」

 聞こえてきた情報に思わず立ち止まってしまった真衣香。
 声の主の彼女たちと目が合い何となく気まずい空気が流れる。

  坪井とのことは、以前の小野原との会話で既に社内では噂の的になっているのだが……真衣香への風当たりは今のところ坪井の心配をよそに、深刻ではなかった。

 なぜなら攻撃的な態度を取られるよりも前に、坪井に好意を持っていそうな人たちは期待に満ちた表情を見せている。

『あの子でもいけたんなら私も頑張ればいけるじゃん』

 ……要はそんな表情だ。

 いいのか悪いのか。

 真衣香は運良く彼女になれてしまった存在。この恋を信じていこうとしているのは自分。
 周りにどう映るのかは、また別の話なのだろう。
  
 真衣香が考え込んでいると、相手が恐らく何か声にしようと口を開いた。

 それを見た、瞬間。

 真衣香は強張っていきそうな表情、それを阻止するため顔に力を込め、ニコリと笑顔を作りその場を足早に立ち去ってしまう。

 立ち去ってしまった。

 精一杯、早足で進みながら思うこと。
 
 なぜ、何も聞かず逃げたんだろう。
 なぜ、それ以上を聞きたくないと思ったのだろう。

 わからない。

 わからないけれど。

『自分という人間が存在しない』坪井の過去を怖いと思ったことは、確かだった。

(坪井くんに彼女くらい、そりゃいたでしょ。それこそ何人も。当たり前じゃん、元々わかってたじゃん)

 奇跡は、経験をしてしまえば奇跡ではなくなってしまうんだろうか。

 なんとも欲深い。

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