いない歴=年齢。冴えない私にイケメン彼氏ができました
真衣香を壁際に追い込んでいた身体が、ドアの方に向いた。こちらを見ないままドアノブに手をかけてから、思い出したように言った。
「あ、そうそう。小野原さんたち俺の後すぐ二階に来てると思う、更衣室。お前も行って一緒に帰りなよ、遅くなったし」
「う、うん……。坪井くんは」
「あー。俺は、もうちょい仕事残ってるし、川口さんと笹尾さんのこともあるから」
振り返ってそう答えた坪井。
そのまま「じゃあ、先に降りとくね」と、ドアを開けた彼の、その背中を見つめる。
(……あ、もう、行っちゃう)
名残惜しく思う、信じられない自身の胸の内。
それを言葉にする勇気など、なく。
見つめ続けた。
その視線に気がついたのかは、わからない。けれど願ったとおりに、再び真衣香を見た坪井と視線が交わる。
ニッと口角を上げた表情。その口元がゆっくりと動いた。
「あ、一応さ、言っとくな。今から多分笹尾さんと話すけど、心配しないで。お前以外に興味ないからね」
「……え!?」
驚き、慌てる真衣香の声を聞いて。坪井は愉快そうに歯を見せ、笑い声を上げた。
幼さが見える、少年のような笑顔で。きゅうっと胸が痛む。でもそれはさっきとは違う、淡い痛み。
「なーんて。うそうそ、聞き流して。お前がちょっとでも気にしてくれてたらいいなって、願望からの、セリフだから」
(ああ、もう、どうしよう)
――嬉しい。
気持ちを打ち明けてくれた笹尾に顔向けのできないような感情が身体中を覆っていた。
願望に、まんまと安心させられてしまっている、この心。
わかって欲しくて、でもやっぱり、少し怖くて。
真衣香よりも先に資料室を出た、坪井の後を追いかけたくて、けれど動かない身体。心臓の奥底から、何かが込み上げてくる。
”幸せになりたくて”恋をするのか?
きっと、違う。恋の定義など様々だ。それぞれの胸の中に、それぞれに存在をしている。
”真衣香は”違うと、思っただけのこと。
ハッピーエンドじゃなくていい。思うままに走って、辿り着いた先が、必ずしもそうでなければいけないなんて、決まっていない。
心の中で強く思う。
叫び出したいほどの想いが、きっと、潜んでいる。
それなのに。
重い足。走り出したいどこかへ駆けてくことを未だ恐れているみたいだった。