いない歴=年齢。冴えない私にイケメン彼氏ができました


 ***

「カレーが1500円で、うどんが1300円~」
「はは、ラッコやらイルカのイラストが入ってるだけで高いよなぁ」
「ほんっとに! 私今就活中だからな……奢ってくれてありがとう」

 うどんの湯気を前に芹那がぺこりと頭を下げた。

「いーよ、これくらいさせて」
「あはは、出世払いね」

 内装メーカーに勤めていたのだという芹那は、ここ最近退職したらしい。
 この週末の約束に対し「土日に遊びに行くのとか久しぶりかも」としみじみ話していた。

「仕事すっごい忙しかったから、辞めておいてよかった。坪井くんにこうして会えたのも、時間があったからだもん」
「……ん~、すっげぇ返しに困るんだけど。辞めてくれてよかったっての言うのもおかしいじゃん? このご時世」

 と、軽く笑いながら。
 
(てか、今だな)

 と、密かにスイッチを入れて。坪井は袖のリブ部分を捲し上げ露わになっている芹那の手首。それをやんわりと掴んだ。

「でも、お前に時間ができててよかった……会いたかったんだ。ずっと」

 掴む手に少しだけ力を込めると、芹那はハッとしたように目を見開き、箸を止め無言で坪井を眺める。
 痛いほどに視線が交わり続ける中、細い手首を指の腹でゆっくりと、撫でる。何度も繰り返して。
 その行動の意味が、彼女に伝わるようにと……わざと。そうして、絞り出すように低い声で囁く。

「……綺麗で、よかった」
「え?」
「傷が、残ってなくてほんと、よかった」

 撫でながら、白い肌に軽く口づけた。
 
「は? え……? あ、ああ」

 坪井から、この話題が振られるとは思わなかったのだろうか。割と本気で驚いた声を出している様子の芹那が、自分の手首を見下ろす。
 
「こ、こっちこそ……ごめん。別にあんなのマジでやってる人には申し訳ないくらいパフォーマンスだったし」
「そっか」
「坪井くんが来るの担任に聞いて知ってたし、見せつけようとしてビビりながら切りつけただけ」
「……でも痛かったのは本当じゃん」

 再び撫でるように触れると芹那の肩が小さく動いた様子がテーブルを挟み、向き合う距離にいてもしっかりと見て取れた。
< 447 / 493 >

この作品をシェア

pagetop