いない歴=年齢。冴えない私にイケメン彼氏ができました
初恋のわすれもの
こんなに全力で走るのは、学生の頃以来じゃないだろうか。苦手だった体育のマラソンだったり、短距離走だったり。
だからこの胸の痛みが、さっき見てしまった二人のあの場面のせいなのか、それとも身体が悲鳴を上げているからなのか、わからない。
余裕など微塵もないはずなのに、真衣香はどこか冷静な頭の隅でそんなことを考えていた。
「待って……! 立花!」
けれども、やはりコンパスの差か。
すぐに追いつかれ、大きな手が真衣香の腕を掴んだ。
振り返りたくなくて、真衣香はキツく掴まれた腕を振り払おうともがいた。
顔を見たくなかったから。
見ると、鮮明に思い出してしまうから。
「や、嫌だ……離して! 離してよ……!」
「立花、ごめん」
何故謝るんだろう。
どうして、キスをしていたんだろう。
聞きたいことを、言葉にすることが怖かった。
そんな真衣香の恐れや葛藤など知りもせず、悔しいほどに温かなぬくもりが真衣香を覆った。
「……いや! 離して!」
抵抗虚しく、大きな腕の中に捉えられるようにして背後から抱きすくめられてしまったからだ。
水族館前の広場を通り越して、ついさっき隼人と歩いてきた専用の駐車場にまで来てしまっていた。
こんなふうに声を荒げていては、目立ってしまうとわかっている。
普段ならそんなこと絶対に避けたいと思うはずなのに、言うことを聞いてくれない自分自身の心。
「ごめん! 嫌な思いさせた。ごめんな、車で来てるから中で話そ……」
「嫌だってば! せ、芹那ちゃんを乗せてきたんでしょ!? そこに私が座るの!? む、無神経だよ坪井くん!」
叫びながら振り返る。
見上げた先の表情。驚いたように目を見開いて、真衣香を凝視する坪井。
ようやく目が合っても。
求めていた人が目の前にいても。こんなにも喜べないなんて。
呆れられてるのかもしれない。
そう思ったなら、怖くなって目をそらしてしまった。
『お前のことが怖かったんだ』
いつか、坪井が言った。
その意味を、真衣香はひとつも理解できていなかった。
好きな人。
その、心の動きがこんなにも恐ろしいものだなんて。
この人だけには嫌われたくない。そう強く思うのに。
(なんで、どうして、私坪井くんにこんな……嫌われちゃうようなこと言ってるの? 何で、こんなことになったの?)
思えば思うほど身動きがとれなくなっていく。