俺様副社長に娶られました
慎ちゃんは、お姉ちゃんと付き合っている。それはわたしたち家族の中で、誰も知らない秘密の関係だった。
お父さんと天川のおじさまの間で交わされていた“許嫁ごっこ”は、本来ならお姉ちゃんがお嫁にいく前提だっただろう。
お姉ちゃんの方が創平さんと歳が近いし、美人だし勉強もできるし、面倒見もよくて優しくて、英語も得意で堂々としていていずれ大きな会社のトップに立つ人物の奥さんにぴったりだと思うもの。
けれどもいざ“許嫁ごっこ”が現実味を帯びたとき、そううまくはいかなかった。
見た目だって普通で、取り柄といえば蔵人と同じくらい日本酒が好きだけどその実一切お酒は飲めないというとびきり残念な特徴しかないわたしに白羽の矢が立ったのだ。
許嫁はお姉ちゃんで、と想定していたお父さんも、天川のおじさまが「沙穂ちゃんさえ良ければ」と言ったときは拍子抜けしたと言っていた。
わたしは酒蔵と蔵人のために、お姉ちゃんの身代わりで嫁ぐのだ。
「その、天川創平って人には会ったことはないんだろ? もしも変な奴だったら……」
慎ちゃんが顔を歪める。
わたしと一回り以上離れていて、小さいときからよく遊んでくれた慎ちゃんは、もしかしたら娘を嫁に出す気持ちになってしまっているのかもしれない。
「会ったことはあるんだよ? 小さい頃だけど。でも、全然覚えてないんだよね」
「急成長した株式会社天川の副社長って、かなりやり手で業界では一目置かれてるって噂だぞ」
「うーん、らしいね」
これもネットの情報なのだけど、慎ちゃんが言うように株式会社天川の急成長の影には、副社長である創平さんの強引な手腕が関わっていると噂されていて、冷徹な手段で吸収合併しているのではないかと囁かれている。
そりゃもちろん不安だ。
不安じゃないわけがない。
でもわたしには、選択肢も退路もないのだ。
だから、自分に言い聞かせるように言った。
「でも、あのいつも和やかな天川のおじさまの息子さんだよ? きっと強引なのは仕事のうちだけで、穏やかな人だと思うけどなぁ」
実際に幼い頃会ったとき、それは創平さんが酒蔵を見学に来たときだったんだけど、物静かですごく大人しい印象があった。大人びていて、落ち着いていて、少し悲しげで。
そういうセピア色の面影だけが、心の片隅に残っている。
お父さんと天川のおじさまの間で交わされていた“許嫁ごっこ”は、本来ならお姉ちゃんがお嫁にいく前提だっただろう。
お姉ちゃんの方が創平さんと歳が近いし、美人だし勉強もできるし、面倒見もよくて優しくて、英語も得意で堂々としていていずれ大きな会社のトップに立つ人物の奥さんにぴったりだと思うもの。
けれどもいざ“許嫁ごっこ”が現実味を帯びたとき、そううまくはいかなかった。
見た目だって普通で、取り柄といえば蔵人と同じくらい日本酒が好きだけどその実一切お酒は飲めないというとびきり残念な特徴しかないわたしに白羽の矢が立ったのだ。
許嫁はお姉ちゃんで、と想定していたお父さんも、天川のおじさまが「沙穂ちゃんさえ良ければ」と言ったときは拍子抜けしたと言っていた。
わたしは酒蔵と蔵人のために、お姉ちゃんの身代わりで嫁ぐのだ。
「その、天川創平って人には会ったことはないんだろ? もしも変な奴だったら……」
慎ちゃんが顔を歪める。
わたしと一回り以上離れていて、小さいときからよく遊んでくれた慎ちゃんは、もしかしたら娘を嫁に出す気持ちになってしまっているのかもしれない。
「会ったことはあるんだよ? 小さい頃だけど。でも、全然覚えてないんだよね」
「急成長した株式会社天川の副社長って、かなりやり手で業界では一目置かれてるって噂だぞ」
「うーん、らしいね」
これもネットの情報なのだけど、慎ちゃんが言うように株式会社天川の急成長の影には、副社長である創平さんの強引な手腕が関わっていると噂されていて、冷徹な手段で吸収合併しているのではないかと囁かれている。
そりゃもちろん不安だ。
不安じゃないわけがない。
でもわたしには、選択肢も退路もないのだ。
だから、自分に言い聞かせるように言った。
「でも、あのいつも和やかな天川のおじさまの息子さんだよ? きっと強引なのは仕事のうちだけで、穏やかな人だと思うけどなぁ」
実際に幼い頃会ったとき、それは創平さんが酒蔵を見学に来たときだったんだけど、物静かですごく大人しい印象があった。大人びていて、落ち着いていて、少し悲しげで。
そういうセピア色の面影だけが、心の片隅に残っている。