俺様副社長に娶られました
「どうぞよろしくお願いしま」


一通り観察しつつの挨拶の途中で、「あ、お待ち下さいね」と手で制された。


へ……?
目をぱちくりさせるわたしに、相手は物腰柔らかに微笑む。


「ただいま副社長が来ますので」
「ふ、」


副社長?

依然微笑んでいる男性が、わたしの背後を直視した。
そこで、わたしはようやく気づいた。
この眼鏡の優しそうな男性が、天川創平さんではないということに。

そして、本人は今現在、わたしの後ろの方にいるのだ。
興味本位で振り返ってみる。


「__!」


ギョッとして息を吸ったっきり、わたしは静止した。


「すまない、遅くなった」
「時間ぴったりです、副社長。それでは私は次の予定の準備がございますので」
「ああ」


空気を吸い込みすぎていっぱいに膨れた肺がぱんぱんで苦しくて、わたしは小刻みに震える。


「どうも、天川創平です。川原沙穂さん?」


相手は両目を品よく細め、白々しいくらい穏やかに微笑んだ。


「驚いて、口もきけないのか?」


今度は口端を斜めにして、呆れたように笑うとわたしを座るよう促した。

ま、まさか、もう二度と会うこともないだろうと思っていた相手が登場するなんて。
しかも結婚相手として目の前にいるなんて……!

気を抜くとあまりの仰天で失神しそうだ。
胸がざわざわしてまるで全身にトゲが刺さってるみたい。毛羽立って、衣類に擦れたり空気に触れるとゾッとする。

目も口もおっ広げたままの間抜け顔だったわたしは、なんとか意識して呼吸を再開する。
その際、吸い込みすぎた空気がいっせいに口から流出したので、盛大な溜め息を吐いたみたいになって、ギロリと睨まれた。


「俺が結婚相手で、そんなに憂鬱か」
「え! そ、そんな……」


揺れる声で返し、ヘナヘナと脱力したように椅子に座る。
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