俺様副社長に娶られました



それから一週間後。
わたしは二十五年間過ごした実家から引っ越すことになった。

突然だったんだけど、ホテルでの顔合わせの翌日、創平さんの秘書の方から引越しの手配をしておきました、との連絡が来たのだ。日時ももう決まっていて、言語道断な雰囲気。


「お父さんも新居にぜひ遊びに来てください、って創平くんが言ってくれたから、お父さん絶対行くからな!」
「え……困るなぁ」
「なにが困るんだ!」


荷造りしているわたしの横で、お父さんは興奮で鼻息を荒くしていた。

普通、娘が嫁にいくとなれば、もっと湿った空気になるんじゃないの?
わたしは段ボールに綺麗に畳んだ洋服を詰め込みながら首を傾げる。

お父さんは古くからの親友とも言える存在である天川のおじさまと親戚になれるのが、相当嬉しいみたい。それに蔵も安泰だし。
わたしが嫁いでも、お姉ちゃんと慎ちゃんがいるしね。

わたしは直売所の手伝いを始めたのは高卒からだったけど、物心ついたときから蔵の周りをうろちょろしてて、仕込みの時期はきっと邪魔だったと思うけれど甘いお米の匂いが大好きだったし、目を閉じると蔵人のおじちゃんたちの笑い声が今も聞こえてくるような気がする。大好きだったなぁ……。

ちょっぴり感傷的な気分になってきたので、それを追い払うように首をぶんぶん左右に振った。


「沙穂、準備できた?」


お母さんが部屋をひょっこりと覗いた。


「うん」
「引っ越し屋さん来たから。運んでもらいましょう」
「はい」


グスッと鼻をすすって、目尻に浮かんだ涙を拭う。


「沙穂、何本持ってく?」


去ったと思ったお母さんが、両手に日本酒の四号瓶を持って再び現れた。


「え?」
「創平さんもお好きなのよね? 天川家お気に入りの北極星と、限定の生酒も持ってく? あ、ガス感強めもお好きかしら?」
「さ、さあ……」


気のない返事をして、身近なものを詰め込んだボストンバッグを手に取ると、お母さんは両手に持っていた四号瓶を床に置いた。


「手荷物多そうね。ま、いつでもいいか。これからも毎日会えるんだし」


何気ないお母さんのその言葉を聞いて、わたしはぽんと手を叩いた。

そうか。わたし、結婚しても直売所で働くんだ。毎日蔵に来れるんだ……。
そう気づいたら寂しさが激減して、なんだか気持ちが軽くなってきた。
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