俺様副社長に娶られました
引っ越し屋さんのトラックに荷物を積み込む作業が終わり、わたしはお父さんが運転する車で創平さんのマンションに向かった。
お姉ちゃんと慎ちゃんは仕事中で居なくって、会えなかった。

お父さんがナビを見ながら運転する。
うちの車は整備しながらもう二十年近く乗ってて、マフラーから変な色の煙が出るし、ナビの道は古い情報のままだしで不安ではあったけど、なんとかたどり着いた。
創平さんのご自宅は、高級マンションの高層階だった。


「こ、ここがわたしの新しい住所になるの……?」


わたしの独り言に、運転中のお父さんは無反応だった。恐らく、反応するどころじゃないのだろう。
指定された地下の駐車場に車を停めるお父さんの横顔は緊張で強張っていた。
周りはみな高級車ばかりで、うちの蔵の名前が入った社用車は場違いすぎる。

ちょうど張り詰めた空気の中、駐車を終えたとき、トラックも到着したとの連絡が入った。
マンションの入り口に行くと、創平さんが待っていた。


「おじさん、お久しぶりです」


黒っぽいシャツに細身のパンツという休日スタイルの創平さんは、お父さんに丁寧に一礼した。


「創平くん、わざわざ出迎えてくれたのかい?」
「急な引っ越しにさせてしまってすみませんでした。来週から出張続きなもので」
「こっちは全然構わないよ。ほら沙穂、お前もちゃんと挨拶しなさい」


蔵の救世主とも言える創平さんにデレデレしながらお父さんは、斜め後ろに縮こまって立つわたしを前に引っ張り出した。


「これからお世話になります。どうぞよろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げ、創平さんを上目気味に見上げる。


「こちらこそ」


創平さんはにこっと愛想良く微笑む。
……これ、絶対外面いいやつだ。


「沙穂、くれぐれも創平くんに迷惑はかけるなよ」


お父さんが鋭く目を光らせてわたしを見た。


「は、はい……」


お父さんこそ、運転には気をつけてよ。


「不束な娘ですけれど、よろしくお願いいたします」


心の中で悪態を吐いたことを、後悔する。お父さんは人目も憚らず、創平さんに深々と頭を下げた。

その数秒間が、際限なく長いものに感じた。胸の中がじんわりと温かくなって、鼻の奥がつんとする。

顔を上げたお父さんに対して、創平さんは力度よく頷いた。
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