俺様副社長に娶られました



「沙穂、寝不足か?」


直売所で在庫を確認しながら、つい欠伸を我慢しきれずに大口を開けた瞬間を目撃されてしまったわたしは、慎ちゃんに苦笑いを返す。


「まあ、ちょっとね」
「寝床が変わったから落ち着かなかっただろ。どうなんだ? 天川さんとの生活は」
「えっ……」


どうって。
昨日は全然眠れませんでした。


『俺に変な気起きさせないように、せいぜい気を付けろよ』


初日からかなり心拍数を上げられまくりで疲れてはいたんだけど、創平さんの言葉がずっと頭から離れなくて、布団の中で何度も寝返りをうっているうちに窓の外が明るくなってしまった。

目が冴えてしまって眠くはないんだけど、戸惑ったまま朝を迎えたせいで朝食のことなんてすっかり忘れてしまっていて、結局納豆もヨーグルトも無しのコーヒーだけ。


『一緒に寝てくれないのか?』


結婚するんだし、そういうことも、いずれはする……のかな。
会ったその日にもうすでに、そういう関係になったわけだし。……肝心の記憶はないけれど。

もし、あの夜のようなことがまたあるとして、わたし、心臓一個で持つだろうか。
創平さんといると本当に心音が狂ったみたいになってヤバい。心臓がもうひとつ欲しい。

っていうか、そもそも創平さんはどうなんだろう。あの日、どういう気持ちでわたしをホテルに連れて行ったんだろう。


「……穂、おい、沙穂って」
「っへ⁉︎」


慎ちゃんは訝るような表情で、在庫確認表を握り締めたまま深刻な顔つきで静止していたわたしの顔を覗き込んだ。


「俺の話聞いてた?」
「え、ごめん! なんだっけ」
「眉間に深い皺寄ってるけど、大丈夫か?」
「だ、大丈夫大丈夫」


誤魔化すように笑うわたしに慎ちゃんは溜め息を吐く。


「お前、布施(ふせ)泰生(たいせい)くん覚えてる?」
「泰生くん? もちろん!」


わたしは声を弾ませた。
泰生くんは冬季間だけ手伝いに来てくれる農家さんの中で一番年輩の、布施さんという蔵人の孫だ。
小さい頃からよく蔵について来て、一緒に遊んだり手伝ったりしてくれていた。

姉しかいないわたしにとっては、面倒を見られる弟みたいな存在だって一方的に思っていて、年上らしく振る舞うことに優越感を抱いていたなぁ。
< 32 / 117 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop