俺様副社長に娶られました
布施さんはちょくちょく顔を出してくれてるんだけど、泰生くんは大学とバイトの両立で忙しいらしく、しばらく会っていなかった。


「泰生くん、どうしてるかな?」
「大学は来年の春卒業だって。農業大学で醸造を専門に勉強してるから、天川のお陰で経営が安定したらうちで雇えるかもだし、そうなれば即戦力になってくれるかもって楽しみにしてる。布施さんが今度遊びに来るって」
「そっか、楽しみだね」


まだ小さくて、わたしの後ろをちょこまかついて来ていた可愛らしい泰生くんはどんな大人に成長したのだろう。
創平さんのお陰で雇用が安定したら嬉しいな。


「あ。安定と言えば、慎ちゃんはお姉ちゃんと結婚しないの?」
「っえ! なんだよいきなり」


わたしの何気ない質問に、背中を後方に反らせて驚いた慎ちゃんは、目をギョッと見開いた。


「いや、どうなのかなって思って。いずれはここをふたりで継ぐの?」
「ま、まだそんな先のこと、親父さんとも話してないし!」
「そうだよね。お姉ちゃんも今バリバリ働いてるしね」
「まあ、無理強いはできないからな」


慎ちゃんは眉をへの字に下げて寂しそうに笑った。

きっと慎ちゃんは、お姉ちゃんとふたりで一緒に働きたいのだと思う。うちの両親のように、杜氏と女将としてお互いに蔵の仕事も家庭も支え合いたいと願っているのかもしれない。

お姉ちゃんは昔からフットワークが軽くて、外の世界にひとりでどんどん飛び出していける行動力と対応力があった。
学校から帰って来てもずっと蔵にいるわたしとは違って、学生の頃は習い事もたくさんしてたし留学もした。

日本酒にも、蔵にもあまり関心がないようだった。
いつでも周りにあって当たり前のものよりも、新しい可能性に手を伸ばすことに夢中な印象だった。


「そうだ沙穂、これ」


そんなことを考えていると、慎ちゃんから紙袋を差し出された。
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