俺様副社長に娶られました
年配の蔵人さんが、さっきから創平さんの後ろに背後霊のように付き添っているわたしのことを、首をすくめて控え目に見た。

ああ、と軽く言った創平さんは、一歩下がってわたしの隣に並ぶ。


「妻の沙穂です。川原酒造の」
「え! じゃああの噂話は本当だったんですか!」


まだ創平さんが言い切っていないうちに、年配の蔵人さんは声を裏返して仰天する。


「経営難の川原酒造を立て直すために、天川さんとこの子会社にするって!」
「ええ」


年配の蔵人さんはあっさりと肯定した創平さんではなく、隣で恐縮するわたしを見ていた。意味ありげにジロジロと、値踏みするように。


「へえ、それで嫁いだんだぁ」


胸の中がもやもやした。
このご時世に政略結婚? よくそこまでやるな、とでも思っているような口ぶりだった。

こんなに肩身が狭くて、居心地の悪い視線を浴びたのは生まれて初めてだ。


「失礼します」


創平さんが一礼したので、わたしもぺこりとお辞儀をしてその場を去った。

この業界ではこうしていつまでも、川原酒造の娘のわたしは天川さんとビジネス
結婚した、という事実は消えないのだろう。当然のことなんだけど……。


「沙穂? まさか雰囲気だけで酔ったわけじゃないよな?」


押し黙っているわたしを不審に思ったのか、創平さんに顔を覗き込まれた。


「ま、まさか! 酒蔵の娘を甘く見ないでください」
「君が言うと説得力の欠片も無いな」


その通りなので二の句が継げない。

しゅんと肩を落としたわたしに、創平さんは会場内の壁際に設置されたソファを指さして見せる。


「青い顔してる。あそこで座って休んでろ」
「……はい」


わたしは素直に言うことを聞くことにした。

もしかしたら、創平さんは全国の酒蔵にもっと知り合いがいるかもしれない。
そうなれば、さっきみたいな状況になるわけで……。
なんだか怖気付いてしまった。

次のブースに向かう創平さんの背中を、後ろ髪を引かれる思いで見送りつつ、わたしは指定されたソファに座る。
そしてぼんやりと人混みを見つめていたときだった。
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