俺様副社長に娶られました
「……さっきの女性、お知り合いですか?」
「うちの店舗が入ってるビルに飲食店をオープンさせるとかで、こないだ居合わせたときに挨拶された。それだけだ」


そういえばさっき、女性も飲食店の話をしてたっけ。
女性がまだ石のままかどうか怖くて振り向けないでいると、お姉ちゃんが近づいてきた。


「天川さん、沙穂の姉の穂花です。ご挨拶もせずに申し訳ありません」
「いえいえ、とんでもない。大盛況ですね」


外面よし、家族の前では殊勝な態度を貫く創平さんの営業スマイルが炸裂する。

わたしもこんな風な、穏やかで完璧な極上スマイルを向けられたいな。
眉間に皺を寄せた不機嫌そうな顔とか、からかうように意地悪に笑う顔じゃなくて。

というか、さっき創平さんはわたしの顔が青いとか言っていたけれど、創平さんもなんだかいつもと違う気がする。
笑うときの目の細め方が目尻が一瞬痙攣してるみたいになってるし、顔色も青くはないけど白く透き通って見える。

昨日も飲まされて帰って来たのに今日もたくさん試飲して、もしかして結構辛いんじゃ……。

座るところを探そうとキョロキョロする。
そしたらさっき座っていたソファの近くにウォーターサーバーがあることに気づいた。
ストレートでアルコールを摂取する際、途中でお水を飲んだ方が胃にも優しくてゆっくり酔えると言われている。いわゆるチェイサーは、日本酒の場合和らぎ水と呼ばれる。

お姉ちゃんと当たり障りない話をしている創平さんを残し、わたしは紙コップに水を注いだ。
急いで創平さんに手渡そう、という気持ちばかりが焦ってしまい、もつれて絡まる両足をなんとか動かす。


「創平さん、お水で__っ」


あと数歩で渡せる、と目測がついたとき、前進したい気持ちに足がついてゆけずにわたしは無様にすっ転んだ。


「ご、ごめんなさい!」


その拍子に紙コップに入っていた水もぶちまけてしまって、周囲に人がいなくて自損事故で済んだのがせめてもの救い。

わたしは創平さんとは違った理由で周囲からの注目を集めることになってしまった。


「もー、沙穂ったら! 大丈夫? ほんとドジなんだから」


お姉ちゃんが呆れたような声で言う。

年配の蔵人さんも、派手ブラウスの女性も、呆気に取られた様子で頭から水を被ったわたしを見ているのが無情にも周辺視野で確認できる。
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