俺様副社長に娶られました
「はじめまして、沙穂です。よろしくお願いいたします」


女性は目を大きく見開き、わたしを凝視する。そのままの状態で数秒が経過した。


「あっ、ええと! はじめまして、創平の叔母です。こちらこそどうぞよろしくね!」


虚をつかれたように叔母さんが目尻に皺を刻んでにこりとして、わたしはホッと安心する。

けれどもわたしを見た瞬間の、叔母さんのあの逡巡のような戸惑いのような表情は、一体なんだったんだろう……?

釈然としない気持ちのまま個室に案内された。
お昼時はやや過ぎたけれど、ランチのお客様が数組いるようだった。個室から、話し声が聞こえる。


「こちらのお部屋でよろしいかしら?」


突き当りの個室で足を止め、叔母さんがわたしたちの顔を窺った。


「ああ。籠盛りをふたつ頼むよ」
「かしこまりました。お待ちくださいね」


注文した創平さんとわたしを交互に見て、立ち去る直前に叔母さんは、わたしの顔をじっと見た。


「……創平さん、ちょっと失礼してお手洗いに行って来てもいいですか?」
「ああ。廊下出て左な」
「はい」


もしかして、わたしの顔になにか付いてるかな?
鏡で確認した方がいいかも……。

わたしは創平さん教えられた通り、部屋を出て左に曲がり、並ぶ個室の前を通って入ってきた入り口も過ぎ、表示通りに進んでお手洗いをようやく見つけた。


「あれ?」


洗面台の鏡で確認したけれど、顔にはなにも付いていない。

だとしたら、叔母さんはどうしてわたしを見て言葉を失っていたのだろう。
創平さんと釣り合わないと思ったからかな……。

わたしの疑問に対する答えは、個室に戻ると明らかになった。


「……びっ……したわ……んと」


個室から女性の声が微かに聞こえる。
ほかの部屋のお客さんの声かな、と思ったけれど、創平さんが待っている突き当りの個室に近づくにつれ、声が大きくなった。


「さっき兄さんから電話もらったんだけど」


この声は創平さんの叔母さんかな。
兄さんって、天川のおじさまのことかしら?

聞き耳を立てるつもりは毛頭なかったんだけど、部屋を覗くとお茶を持って来てくれたらしき叔母さんが創平さんと話しているようだった。
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