俺様副社長に娶られました
お弁当箱を持って、わたしは立ち上がった。


「今度創平くんが事業計画書を持ってうちに来てくれるって言ってたから、そのとき話を詰めましょうか、って……ちょっと沙穂、聞いてるの⁉」


お母さんの怒った声を背中に聞きながら、わたしは直売所に戻った。

以前慎ちゃんに言われたことを思い出す。


『結婚するってどういうことか、ちゃんとわかってんのか?』


わたしはわかっていなかった。

わたしたちが結婚するということは、家同士が繋がって、ひとつ屋根の下で共に生活するのに、一生愛されないということだって……。

夕方仕事を終え、わたしは途中のスーパーで買い物をしてから電車で帰った。
わたしが結婚の話に一向に触れようとしないから、お母さんは帰りに見送るときまで不機嫌だった。

こんな態度じゃダメだってわかってる。 
わたしもちゃんと割り切って、もっと冷静にならなくちゃ……。

昔よくお父さんが作ってくれた甘酒を飲んで気持ちを落ち着かせようと思い、スーパーで米麹を買った。あとは炊いたご飯があれば簡単に作れる。

マンションに戻ると早速甘酒を作り始めた。
炊飯器にほぐした米麹と冷ましたご飯を混ぜて入れ、そこにお湯を入れて保温するだけ。
発酵するまで時間がかかる。
わたしは途中でシャワーを浴び、着替えてから一度炊飯器の蓋を開けて中をよく掻き混ぜた。

創平さんは今夜も帰りが遅いらしい。
カウンターに置いたデジタル時計を見ると、夜の十時を過ぎていた。

リビングの電気を点けたまま、自室に行こうとしたときだった。
静まった室内に、玄関のドアが開く音が響いた。ガチャガチャと、乱暴な加減で。


「創平さん?」


玄関に行ってみると、肩で息をする創平さんがジャケットを脱ぎながらなおざりに靴を脱ぎ、歩いて来る。


「お、お帰りなさい」


大股で雑な歩調でずんずん廊下を進んで来る創平さんの表情は険しくて、眉間に深い皺が刻まれている。


「あの、体調悪いですか?」


こわごわ聞くと、ネクタイをぞんざいに外した創平さんは目で頷く。
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