俺様副社長に娶られました
「お姉ちゃんが、あのシャインガーデンホテルを辞めるとは思えない気も……」
「ああ、だから穂花さんの希望に沿うつもりでいる。けどお父さんによれば、穂花さんは最近酒造の仕事に興味を示していて前向きに検討してくれるだろうという話だった。いずれはあの若い杜氏見習いと結婚して、女将として支えながら切り盛りしたいと」


お姉ちゃん、慎ちゃん、蔵人さんたち。
新しい世代で担ううちの酒蔵の未来はとっても明るい。
こんなに嬉しいことはない。

ないはず、なのに……。


「そう、ですか……」


思いのほか、暗い声が出てしまった。
創平さんが作った事業計画書に記された未来に、違和感を覚えずにはいられなかったからだ。

未来の酒蔵に、わたしの姿がないのだ。


「えっと、じゃあ、わたしは……?」


わたしは、お姉ちゃんの代わりに直売所を首になるってこと?

目の前を真っ白にさせ放心したように呟いたわたしに、創平さんはものぐさな感じで言った。


「家にいればいいだろ」


当然のことだろ、とでも言いたげな口振りだった。


「それは、蔵で働くのを辞めて、専業主婦になるってことですか?」
「ああ」


短い創平さんの返事に、わたしはもう二の句が継げなかった。

わたしが誇れるものは、自分の実家の酒蔵で造っている日本酒を心から愛していることだけだった。
自然にも蔵人にも感謝しているし、飲めないけれど深く理解することが大切だと思っていた。

だから実家から完全に離れたら、わたしの大切なものをすべて失ってしまう気がする。
人生のほとんどを蔵で過ごし、興味の対象を日本酒に注いできたのに。

それが、なくなっちゃうんだ……。
人生の意義も、拠り所もすべて一気に手放す気分。

プツンと堰さえ切れればいつでも造作なく大声で泣けるくらいの感傷だった。
けれども、わたしはこの政略結婚に同意したときから、あとには引けない。

創平さんの言う通りにすれば、間接的にだけれど蔵と繋がっていられるし、それに__。


『スムーズに動けるよう私どもも精一杯調整しますので、奥様はせめて体調面でのサポートだけでもよろしくお願いいたします』


わたしが家のことをもっとちゃんと完璧にできたら、創平さんのお仕事のサポートにも繋がる。
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