俺様副社長に娶られました
アルコールに滅法弱い体質にも関わらずひとりで居酒屋に行ったのは、そこがどんな雰囲気なのか、どんな風にお酒を振る舞うのかをどうしても自分の目でたしかめたかったからだ。

それなのに……。
なにをどう間違えれば、目が覚めたら見知らぬ男と一緒、なんて顛末になるのか。


『覚えてないのか?』


覚えてないです、ごめんなさい教えてください、なんて素直に聞けなかった。

自分が情けなすぎて、恥ずかしくて。


『昨日は可愛かった』


な、なんというか、余韻みたいなものがすごかった。
男の人の色気っていうのかな?

低く響くのに鼻を抜けるような甘い声とか、肌を撫でて生じる摩擦ひとつひとつに、背中がスッと粟立つような妙な感覚。

一晩を一緒に過ごしたってことは、わたしはあの人と、結ばれたということだろうか?


「……っ!」


そう考えるとひどく胸騒ぎがして、わたしは浅くなる呼吸を意識して深いものに替える。酸欠になりそうだった。

鼻息が荒くなって、隣に立つ女性に変な目で見られいるような気がしたので咄嗟に顔を背ける。
深呼吸を数回繰り返して、なんとか心を落ち着かせた。

わたしは二十五年間、まったく男性との恋愛経験がないまま生きてきてしまったから、結ばれたら体が変化するにかどうかもわからないし、判断のしようがない。

よく初体験は痛いって聞くけど、どうなのかな。
二日酔いの激しい頭痛の方に意識が集中してしまって気づかなかっただけなのか、それとも……。

あの人が、すごく上手い……とか?


「っ‼」


こんな人口密度の高い電車の中で、朝っぱらからわたしはなにを考えてるのだろう。
顔が焼けるほど熱い。

隣の女性が怪訝な眼差しでこちらを見ているのは気のせいではない。目の端に映った。


『知らない男に取って食われたくなきゃ、今度からは酒には気をつけるんだな』


向こうは随分手練れた様子だった。
酔った女の子をお持ち帰るくらい、造作ないって感じなのかしら?

すごくハンサムで、現実じゃあ見たことがないくらいカッコいい人だった。
目は大きいけれど涼しげな印象があって、鼻梁はすっと美しく彫刻みたいに傾斜していて、とにかく整った顔立ちの代名詞みたいな、この方を形容するための言葉なのねって納得しちゃうくらい。
< 7 / 117 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop