俺様副社長に娶られました
胸に手をあてなくても心当たりがあるわたしはバツが悪くて、メニューを開くと顔を隠すようにして持った。


「__失礼します。副社長、ビルの社長がお見えですのでご挨拶を」


現れた越谷さんがかしこまって言うと、「ああ」と素っ気なく返事をした創平さんが席を立った。


「沙穂、先に選んで頼んでて」
「あ、はい」


メニューをじっくり見てみると、ノンアルコールもあるようだ。これなら頼んでも大丈夫かな、甘酒みたいなものかしら。

頼んでていいと言われても、料理が冷めてしまってもいけないし……。


「副社長、お戻りになるまで時間がかかるかもしれないですよ」


口の両端をクイッと持ち上げ、越谷さんは鷹揚な笑顔をわたしに向ける。
まるでわたしの心を見透かしているかのようだ。


「はい……あの、越谷さん」


わたしはメニューをテーブルに置くと、ヒールの高さがプラスされた分すらりと目線が上がった越谷さんをおずおずと見上げた。


「わたし、仕事を辞めることにしました」


創平さんが事業計画書を持って来た次の日、出勤するとお母さんに言われた。「穂花がホテルを退職して蔵を手伝ってくれることになったから、仕事の引き継ぎをお願いね」と。

お母さんのあっさりした言い方に、寂しいとか思うのもなんだか馬鹿らしい気がした。

みんな創平さんのアドバイスを受けて、前に進もうとしている。
だからわたしだけ蔵に未練を持つのは、間違ってると思った。


「ですからこれからは創平さんの健康を第一に考えて、食事ももっと健康なメニューを……」
「副社長があなたと結婚したのは、ご存知とは思いますけど縁起物の純米吟醸を手に入れ続けるためです」


越谷さんは強めの口調でわたしの言葉を遮った。


「先日も申し上げましたが副社長の頭には仕事しかないですから、そのお心がけは大変素晴らしいと思います」


綺麗な形の唇でとても美しく弧を描き、越谷さんは微笑んだ。


「これで、副社長は仕事に集中できますね」


創平さんがわたしと結婚するのは、縁起物の純米吟醸を手に入れ続けるため。
他意はないのだ。

それを忘れないようにと、創平さんの仕事を秘書をいう立場で近くで見ている越谷さんから釘を刺された気分になる。
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