俺様副社長に娶られました
「……創平さん、お仕事の最中だったんですよね」
「今は、そうですね」


越谷さんは仰々しいほど眉を下降させ、哀れむような目でわたしを見た。

わたしが待っていたら、仕事に集中できないだろう。
それに越谷さんは、事情があるにせよ創平さんと結婚したわたしなんかと一緒にいたくもない、よね。もっと早く空気を読むべきだった。


「わたし……お先に失礼します。創平さんにどうか、よろしくお伝えください」
「かしこまりました」


両目をくっきり見開いた越谷さんは、包容力のあるおおらかな調子で頷いた。

カフェバーを出て、エスカレーターで一階に降りる。外は雨が降っていた。
折り畳み傘、持って来るんだったな……。
薄暗い空から細かいシャワーを浴びているような雨だった。

アーケード内をとぼとぼ歩く。楽しそうに友達と話しながら弾むような足取りで歩いている若い子たちとすれ違う。

勝手に帰ってしまって、創平さん怒ってるかな……。
でもまだお仕事の途中だったのなら集中して欲しいし、越谷さんがずっとそばに居るのはわたしが創平さんに迷惑をかけないか監視されてるみたいで、生きた心地がしない。

アーケードを道なりに照らす照明が膨張して大きく見え、提灯みたいだった。
雨にけぶってミルクがかったような風景が、幻想的な雰囲気を演出している。

屋根がないところまで来て、駅まで小走りで駆けだしたときだった。
右手側から足早に通過しようとして来た相手にぶつかりそうになって、とっさに足を止める。


「すみません!」


元気な声で言った相手が、雨に濡れてしっとりさせたわたしの顔を見て目を真ん丸にした。


「あれっ、沙穂ちゃん⁉」
「え?」


若い男の子だ。
えっと、誰……?

キョトンと見つめ返すわたしに、相手はじれったそうに言った。


「俺だよ、泰生だよ! 布施じいちゃんとこの!」
「え、嘘! 泰生くん……⁉」


ニカッと白い歯を見せた泰生くんは、両手で口元を覆って驚きを隠せないわたしを人懐こい笑顔で見た。

泰生くん、たしかこの春から大学四年生だって慎ちゃんが言っていたっけ?
会うのは大学に入学したときにお祝いをして以来だけれど、すっかり今どきの若い男の子って雰囲気に成長している。
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