俺様副社長に娶られました
「え、っと……」


目の前にいるのは、蔵でわたしの後ろをちょろちょろ付いて来ていた頃の泰生くんじゃない。年下だけど、話せば事情を分かってくれるはずだ。

そう思ってるのに、言葉が喉の奥で詰まってうまく出てこない。
泰生くんの張り詰めたような怖いくらい真剣な目に狼狽する。


「俺はずっと沙穂ちゃんのことが好きだった」


前傾の姿勢で、わたしの肩を掴む。


「え……ちょっと待って、泰生くん」


いきなりそんなこと言われても、気持ちがついていかないよ。


「俺のこと、男として見てよ」


泰生くんの瞳が揺らめくのが、すぐそばで見えた。
ただふっと風が起きるくらいとても自然に泰生くんは首に窮屈な角度をつけ、わたしの口に唇を寄せる。


「っ!」


このままじゃ触れる……!
と思った瞬間、肌が粟立つような嫌悪を含む感情がゾッと体の奥から湧き上がってきた。
身構えてとっさに顔を背け、交わそうとしたときだった。

大きな黒い影が、反射的に閉じかけたわたしの目の前を横切った。


「__おい、なにしてんだ」


硬質な声が耳を圧する。
この声、もしかして……。

驚きと焦りを滲ませた複雑な表情でこわごわ顔を上げたわたしは、鬼のような形相で泰生くんを見下ろす人物に目を見張った。

こんな不意打ち、夢かと思って、なんだか急に目の奥がゆらゆら潤んできて鳥肌が立った。


「そ、創平さん⁉」
「痛……っ」


泰生くんは顔を歪め、創平さんに掴まれた肩を反対の手で押さえる。

唇が触れ合いそうになって身を硬くしたタイミングで現れた創平さんが、泰生くんの肩をグイッと掴み、わたしから引き離したという状況だ。


「妻が襲われそうになってるところを見て、手緩くする訳ねぇだろ」


これまでに聞いたことがない低さの冷たい声で言った創平さんは、泰生くんの肩を乱暴に離した。


「妻……」


復唱した泰生くんは、創平さんを睨むように見ている。


「沙穂に手出ししようものなら容赦はしない」


言いながら、手を伸ばした創平さんにパシッと手首を掴まれ、わたしは体を前後に揺さぶられて立ち上がった。


「行くぞ、沙穂」
「えっ、あっ!」


大股で歩きながら、わたしの手を取った。創平さんの手のひらは汗ばんでいる。
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