俺様副社長に娶られました
歩き方も、いつもの大股なんだけどなんだかぎこちない歩調だし、呼吸も普段より幾分弾んでいるようだ。

急いで来てくれた、とか……?
まさかね。お仕事中だったんだし。
たまたま、だよね。

振り向くと、泰生くんが座っているベンチが小さく見えた。表情までは窺えなかった。


「なんなんだあのガキは」


肩で大きく息を吐き、創平さんは憎々しげに吐き捨てた。


「ふ、布施泰生くんは、蔵人のお孫さんでして」
「泰生?」
「昔から弟みたいな存在なので、だから襲うとかそういうことではなくって、家族みたいな、なんていうか……」


だからきっと、さっき泰生くんが言っていた好きという気持ちも、男女間の恋愛対象としての思いとは違うんじゃないかと思う。

例えばわたしも、慎ちゃんを好きかと聞かれれば信頼しているし好きだ。
けれど、それは恋心とは違う。お姉ちゃんと付き合ってると聞いたとき、ショックとか傷ついたという感情はなかったもの。

そんなこと考えてながら小走りしていると、斜め前で創平さんは呆れたような溜め息と吐いた。


「男を全然分かってないんだな」


そして心底うんざりしたような声で言う。


「沙穂がそれで良くても、俺が我慢できないんだよ」


創平さんはずっと前方を見据えたまま、わたしの手を軋むくらい強く握って歩いた。
創平さんの表情は全く見えない。背中からは、怒っているような不穏な空気が伝わってくる。

カフェバーに戻るのかな、と漠然と思っていると、創平さんはエスカレーターには乗らず通り過ぎ、アーケード通りを進んで商業ビルから出てしまった。
雨粒の大きさが増してきたけれど、もうどうせさっきから服は濡れている。

顔にかかってくる雨を遮るように目を細め、大股ペースに合わせて歩いていると、創平さん商業ビルから数軒離れたホテルに入った。

フロントでのやり取りがあり、少し待っている間なぜここに来たのか分からず呆然とするわたしに、創平さんはたった一言告げた。


「雨宿りだ」


初めて会った日もそうだったけど、突然来て部屋を取れるなんてどんな魔法を使ってるんだろうと不思議に思っているわたしに、創平さんはエレベーターの中で以前株式会社天川の傘下にある飲食店のレセプションパーティーを開いたことがあり懇意にしていると教えてくれた。

そういう経緯でホテルには顔が利くのだ、と。
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