俺様副社長に娶られました



翌日。
朝職場に行くと、電話中だったお母さんが険しい表情で受話器を置いた。


「なにかあったの?」
「ああ沙穂、おはよう。実は今朝ね、」


お母さんの深刻な声にわたしは身構える。


「布施さんが階段を踏み外して怪我をしたみたいなの」
「布施さんが? 大丈夫なの⁉」
「足を骨折してるみたいだけど、意識もはっきりしているし命に別状はないって。入院するそうよ」
「骨折……そっか……」


命に別状はないという言葉に安心し、ホッと胸を撫で下ろしたときだった。


「沙穂、悪いんだけどあなた今日仕事が終わったらお見舞いに行って、様子を見て来てくれない?」
「え、わ、わたしが?」


困惑した声が出た。

布施さんの現状をこの目でたしかめたいという気持ちの影で、孫の泰生くんとあんなことがあったという気まずい思いも生じてしまう。


「今日ね、天川さんの会社の再建を担当してくださる方と面談するのよ。こないだ創平くんが説明してくれた事業計画のより詳しい話し合いの機会を設けてくださってね。穂花も今日ならホテルの仕事との折り合いがつくから参加できるって言っててどうしても外せないのよ」


お母さんは拝むような仕草をわたしに向けた。
これはわたしの私情なんて挟んでられない状況だ。


「わかった。仕事が終わったら病院に行ってみるね」
「助かるわ」


安堵した表情で微笑んだお母さんは、「あ、沙穂」振り向きかけたわたしを呼び止めた。


「いよいよ天川さんと正真正銘の夫婦になったのね」
「うん……無事に婚姻届、受理されたからね」


お母さんは感慨深げに目を細める。
次に口から紡ぎ出される言葉はきっと〝おめでとう〟かなと予測したわたしは、見事に裏切られる。


「ありがとう、沙穂」


たった一言なのに、とても深みのある響きをはらんでいた。


「これだけは忘れないで。お父さんもお母さんも、なによりも沙穂の幸せを一番に願ってるって」
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