俺様副社長に娶られました
「おお、沙穂ちゃん! わざわざ来てくれたんだねぇ、ありがとう」
「布施さん、大変でしたね。お加減いかがですか?」


掛けていた老眼鏡を外し、布施さんは豪快に笑う。泰生くんの無邪気な笑い方によく似ていた。


「大丈夫、心配かけて悪かったね」
「これ、みんなからお見舞いです」


わたしはフルーツやお菓子が入った大きな紙袋を手渡す。
うちの家族や蔵の従業員から託されたものだった。


「悪いねぇ、感謝するよ。北極星か?」


ニヤニヤといたずらっ子のような笑顔で布施さんが受け取った紙袋の中を覗く。


「違いますよ!」
「病院に酒持ってくるわけないだろ? じいちゃん、少しは我慢しろよ」


泰生くんが呆れた声で諭すと、病室に笑い声が起こった。

心配していたよりも布施さんの足の状態は深刻ではないようで、早々に退院できそうだと泰生くんが教えてくれた。
ただ年のせいで骨折しやすくなっているので今後も注意が必要なのと、リハビリも大事らしい。

病室をあとにしたわたしは、これからバイトに行くという泰生くんと一緒に駅まで歩いた。
病院では気まずさの欠片もなかったのに、道中しばらく無言になった。

意識してると思われないか不安で、なにか話さなきゃ、とそわそわしているとき。


「昨日はごめんね」


赤信号に阻まれて足を止めたタイミングで、泰生くんが呟いた。


「なんか焦っちゃって。ずっと憧れてた沙穂ちゃんがいなくなっちゃうって思ったら、体が勝手に動いちゃって……驚いたよね?」


泰生くんはいつもの元気な感じじゃなく、気弱に笑って頭を掻いた。


「あ、うん……」
「沙穂ちゃんと結婚したっていう、株式会社天川の副社長さん? あの人、怖そうだったね」
「え、そ、そうかな」
「うん。俺のこと、殺気立った目で見てたし、正直力も肩がすっぽり取れるんじゃないかって思うほど強かったよ」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、沙穂ちゃんが謝ることじゃないっしょ」


昨日はたしかに泰生くんに手を出したのは驚いたけど、あれはわたしから引き離すためだったし、元はと言えばわたしが……。


『隙だらけ。黙ってたら期待させるぞ』


「……泰生くん、あのね」


口を開いた矢先、信号機の色が変わる。
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