俺様副社長に娶られました
わたしは商業ビルに到着すると真っ先にコーヒーショップの中を覗いてみた。けれど、泰生くんの姿は見当たらない。
今日がバイトの日だって確証はないし、布施さんのお見舞いに持って行って返した方が良かったかな……。バッグの中に忍ばせている、借りっぱなしのシャツをちらりと覗く。

店員さんがご案内モードでこちらに近づいて来たので、お腹が苦しけれどお茶でもして少し様子をみようと思い、入店したときだった。


「__沙穂ちゃん?」


近づいてきた店員さんの陰から姿を現した泰生くんは、わたしの存在に気づき、意表を突かれたように目を真ん丸にした。


「泰生くん、会えてよかった。連絡なしで来てしまってごめんね」
「ううん! 俺も、沙穂ちゃんに会えて嬉しい」


同僚やお客さんたちの存在を気にする素振りもなく、泰生くんはニッとはにかむ。


「あと少しで上がれるから、待っててくれる?」
「……うん」


微笑まれると、なんだか胸がちくりと痛む。

泰生くんがタブリエ姿から着替えて来るのを待って、わたしたちはこないだと同じベンチに座った。


「シャツ、お洗濯したから。ありがとうね」


綺麗に畳んで紙袋に入れたシャツを、わたしはバッグの中から取り出した。


「どういたしまして」


両手で受け取った泰生くんは、口を結んで険しい表情を作る。


「沙穂ちゃん、本当にこのままでいいの?」


そして手にした紙袋を、潰れるくらいギュッと強く握り締めた。


「あの男に脅されてんじゃないよね?」
「ま、まさか!」
「本当に? こないだは結構横暴そうだったけど……」
「そんなことないよ!」


間髪入れずに否定したわたしを、泰生くんは一瞬訝るように見たけれど、すぐにその表情は真剣なものに変化する。


「沙穂ちゃん、俺と蔵に戻ろうよ。時間がかかるかもしれないけど、俺、一生懸命頑張るから。一緒に川原酒造を立て直そう」


若くてたくましい眼差しで、揺るぎない口調はとても心強い。
けれども全く胸に響かなかった。


「泰生くん、ごめんなさい……」


誰でもいい訳じゃないんだ。

そばにいて欲しいのは、たったひとり。


「わたし、創平さんが好きなんだ」


よっぽど予想外だったのか、泰生くんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まってしまった。
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