俺様副社長に娶られました
すると越谷さんはわたしに感情移入するように、残念そうに眉尻を下げた。


「副社長は今夜大きな会合がありますので、お忙しいかと」


別行動のときもあるんだ……と思いながら、わたしは越谷さんの言葉を頭の中で反芻する。


「大きな会合?」


体中に電気が走ったみたいにピンときた。
後先考えずに、とにかく体が勝手に動く。


「泰生くん、わたし実家に行くね! バタバタしてごめんね!」
「え、ちょっと沙穂ちゃん⁉」
「越谷さん、失礼します!」


立ち上がり、一礼し、駆け出すといった動作を俊敏なスピードで行った落ち着きがないわたしに、泰生くんが慌てて言った。


「待って沙穂ちゃん! 俺も一緒に行くよ!」


呆気にとられたような表情の越谷さんに見送られ、全速力で走ったわたしたちは駅から電車で地元を目指す。
時刻は午後五時になった頃。実家に行って、また戻って来る頃には七時は過ぎているだろう。

会合は何時からか、越谷さんに聞けば良かった。もう間に合わないかもな……。


『あの春限定生酒、評判良かった。また会合や接待があったら買ってきてもらえるか?』


でも、どうしても届けたい。
これからはいつでも渡せるように、マンションに何本かストックしておかなくちゃ。

ただ創平さんの役に立ちたいという思いでいっぱいだった。
そしていつかきっと、素直な自分の気持ちを伝えたい。

永遠に一方通行で、息を詰まらせていなくてもいいんだ。
いつか、創平さんに必要とされる存在になれたらいいな。そしてそのときには、わたしの胸のうちを聞いてもらおう。

そういう一縷の望みが、心の中を温かくする。

電車に揺られ、間に合うかどうかハラハラしながらも、わたしは胸がすくような感覚だった。


「__じゃあ、俺はじいちゃんのお見舞いに行くから、ここで」
「布施さんによろしくね」
「うん」


駅に着き、改札を抜けたわたしたちは泰生くんの自転車を停めてある駐輪場まで急ぎ足で歩いた。


「俺さ、やっぱり酒造りがしたいっていう気持ちは変わらないから。できれば昔から馴染みがある川原酒造の社員になりたい」
「泰生くん……」
「日本酒造りは細胞に染み付いちゃってて、やっぱどう足掻いても俺の未来から切り離せないから。沙穂ちゃんには、気まずい思いをさせちゃうかもしれないけど……」
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