俺様副社長に娶られました
「ううん……ありがとう、泰生くん」


自転車に跨った泰生くんは、晴れ晴れとした表情だった。

わたしと泰生くんは手を振って別れた。
もう周りの空気はほろ苦い感じではなくて、小さい頃の、また蔵に遊びに来てね! って元気に別れるような純真な雰囲気だった。


「ヤバい……急がなきゃ!」


わたしは走って実家に戻る。
肩を大きく揺らし、ゼイゼイと荒く息を切らしたわたしを見て、直売所で閉店作業をしていた慎ちゃんは目を丸くした。


「沙穂、どうしたんだ? 今日休みだったよな」
「し、んちゃ……、あの、」
「穂花とホテルの苺祭りに行ったんだって? あいつ胃薬飲んで寝てるぞ」


息も切れ切れに必死で話すわたしとは対照的に、慎ちゃんは呑気な口調で言う。
わたしは呼吸を整えると、額から流れる汗を手の甲でぞんざいに拭った。


「慎ちゃん! こないだの春限定生酒、まだ残ってる? あと、北極星も!」


わたしの勢いに気圧されたのか、後ずさりした慎ちゃんはたじろぐ素振りを見せる。


「ど、どうしたんだよ急に」
「今日、大きな会合があるって、すぐに創平さんに届けたいの」
「会合? ああ、北極星はあちらにとって縁起物だったな」


合点がいったように慎ちゃんは「よし!」と頼もしく頷き、すぐに箱詰めされた北極星と春限定生酒を包装する。


「な、なんか緊張してくるんだけど」


大きな会合と聞いてプレッシャーを感じたのか、包装紙をさばく慎ちゃんの手元が震えている。


「代わって! わたしがやるから」
「いいって、ここは責任持って俺がやる」
「でも、時間がないし……!」
「引っ張るなって! 破れるだろ」
「こんな大事なときに取り合ってる場合じゃないよ慎ちゃん!」


いい大人とは到底思えない小競り合いをしていたとき、直売所の入り口の扉が開いた。

わたしと慎ちゃんは鏡合わせのように同時にビクッと肩を跳ね上がらせる。
そして、取ってつけたような急ごしらえの営業スマイルを入店してきた相手に向けた。


「いらっしゃいま……」


口を間の抜けたような形で開いたまま、わたしは硬化した。


「あ、天川さん!」
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